九条③
物凄く強い人でも、水と食料無しでダンジョンに数日放り込んでおけば、普通は死ぬ。
食料は一週間無くても死なないというけど、水は2日も飲まなければ衰弱するし、戦えなくなって殺される。
強い冒険者が抱える一番の敵は、 “モンスター”ではなく“飢えと渇き”という訳だ。
1日ぐらいなら水と食料無しでも我慢できるだろうけどね。それでもパフォーマンスはそうとう落ち込むだろうし、普段はやらないポカでもやりかねない。
無駄に無茶をする必要なんてない。
戦闘能力を維持するためにも、後方支援を手厚くするのは最前線に挑む冒険者にとって常識だった。
「ロボット参入で冒険者の負担が減ったのは良い事ですが、その分だけ質が低下したというのは言われていますね」
「過酷な環境で選別され、生き残った冒険者。彼らにしてみれば、ロボットの“介護”というぬるい環境で生活している冒険者など、贋物という事だね!
実際、古い冒険者の方が早く成長しているという統計が出ているのだよ。ロボットに経験値を回す分、どうしてもレベルアップが遅れるのだから仕方がないね」
上位冒険者の九条さんに勧誘された話を仲間内で共有した。
実力不足もあって今すぐに手を貸さなきゃいけないって訳じゃないけど、いずれどうするか決めなければいけないだろう。
俺はダンジョンではソロだけど、活動全体を見れば会社所属の冒険者なので、みんなで相談しつつ、慎重に決めていこうと思う。
「ところで、一文字君はどう考えているのかな? 協力するつもりかね?」
みんなで相談するのは大切だけど、自分の意志や考えを主張する事も大切だ。
人形のように言われた事を熟すだけの人間になりたくはないので、主張するべきところは主張する。
幸い、ここにいるのは俺の話をちゃんと聞いてくれる仲間たちなので、安心して自分の意見を言える。
「アリかナシかで言えば、アリだと思っていますよ」
「ほう? 意外だね」
「あれです。協力して最前線のダンジョンに潜れば、自分が挑む時の予習になるじゃないですか。
それに、経験者から協力を受けられれば、初見のダンジョンでもリスクが減らせます」
「モンスター相手のリスクは、確かにそうなのだがね。
しかし光織たちの実力を見せてしまう事で、徴収されるリスクは相当高くなると思うのだよ。その点はどう考えているのかな?」
意見を聞いてくれる事と、意見を無条件で聞き入れてくれる事とは違う。こちらの考えに足りない部分があれば、その点には容赦なくツッコミが入る。
俺の意見を通す気が無いのではなく、意見を通した後に予想される展開、その対応がきちんとできるかどうかの確認だ。
考えていなければ、その部分までしっかりと考えるように言われる。
そしてそこまで考えられれば意見が通るし、考えが及ばなければもう一度最初から、意見を考え直す事になる。
四宮教授は光織たちの秘密を守り切れるかどうかを気にしている。
もし九条さんが光織たちを欲しがった場合、俺の立場で守り切れるかどうかわからないからだ。
たとえ100兆円積まれようが三人娘を売る気なんて無い。
だが、強引な手段を相手が取ったらどうするんだと聞かれてしまえば。
「それが……もう、けっこうバレている可能性が高いです」
「なに!?」
「なので、隠す意味もあまりないんじゃないかな、と」
「万華鋼の装備は持ち出していなかったのだよ。それで、何故?」
「自衛隊経由の情報が出回っていました。あと、情報の隠し方が露骨過ぎたみたいです」
「……ああ」
九条さんは、国からの依頼で最前線ダンジョンで戦っている。
そうであれば国の把握している機密なんかも共有されていて、自衛隊に話してあった万華鋼、その最初の一つである攻撃反射の壁についても知っていてもおかしい事ではない。
あとは俺が三人娘の能力を必要以上に隠したかったため指揮官運用をした事で、逆に怪しまれてしまった。
そこから九条さんの観察眼により隠していた情報をいくつか暴かれ、今に至る。
「幸い、あの人は無理を通すほど強引な人ではないようだから、光織たちを寄こせとは言わないでしょう。逆に仕事に協力して仲良くしておけば、そういった連中から守ってくれるかと。
それに、最前線ダンジョンの攻略に協力するのって、ダンジョンのボスを倒すまでですし。それ以降は奥まで行かなくても問題ありませんからね」
「成程。それが本当であれば、確かに協力した方が利益がありそうだね。及川君からは、何かないかね?」
「私からは、特に何も。社会的にも、協力するメリットはありますし、あの子たちが無事ならそれで良いんじゃないでしょうか」
全部の情報を暴かれたわけではないので、断言できるほどの根拠はない。
ただ、九条さんは大丈夫そうだと判断し、味方に付けるように動くのが良さそうだった。
強い人と仲良くしておけば、「虎の威を借る狐」じゃないけど、動きやすくなる。
あの時感じた悪寒について特に考える事も無く、俺は目先の利益のために上位冒険者への協力をするように動き出そうとしたのだった。




