九条②
露骨に見ていたわけではない。
視線を向けなくても、気配から見えてくるものもあるし、声を拾うのも光織たちに頼めば済む話なので、普通なら探っているとは思われないはずだった。
それで大丈夫と言えなかったのは想定外だ。
視線にバレれるのは仕方がないし、測る、探る意図まで見抜かれたのも想定内。相手は有名人なんだから、そういう視線にさらされるのに慣れていると思ったからだ。
コソコソとして、露骨にやらなければ大丈夫と思っていたわけだが、きっと良くない注意の引き方をしてしまった。
「面白いのが居るじゃねぇか」
九条さんは俺を見ると、楽しそうに口の端を歪めた。
悪寒が強くなる。笑っているようで笑っていないように見える。
魔法の類いは一切使えず身体能力強化に極振りという噂の人だ。万能タイプ、器用貧乏な俺ではまず敵わない。
物理的な意味で戦う事になれば、その時点で負けが確定する。
それだけは絶対に避けないといけない。
「そこそこ戦える様だな。俺に直接戦意をぶつけるたぁ、いいな、お前は」
分かりやすく好戦的な笑みを浮かべる九条さん。
ただ、言葉とは裏腹にそこまで威圧感が無いというか、こちらに襲いかかってくる気配は無い。
俺をぶちのめしてやろうとか、そういった意図は無さそうだ。
だったら、この悪寒は?
頭の中で、九条さんのプロフィールを思い出してみるが、特に変わった所は見当たらない。精々、どこかで強いモンスターを刀一本で倒したという逸話ぐらい。
プライベートでは、結婚していて、三人の子供と孫四人が居て、その全員が冒険者という話を思い出すが、それは今は関係無いだろう。
一瞬で距離を詰められた。
それなりに距離があったというのに、九条さんが目の前に居る。
「ちーっとばかし、腕が足りねぇが、若ぇからな。こっから伸ばせば良いだろ」
俺を遠慮無く観察すると、何か納得したように頷く。
あ。弟子入りフラグか?
それとも、何か仕事を押し付けようとしている?
どっちも嫌だが、斜め下から来る、その他の厄ネタじゃなきゃいいんだけど。
身構えた俺の肩に、九条さんは手を置いて。案の定、無茶ぶりをした。
「なに、危険で面倒ってだけの仕事だ。未攻略最前線ダンジョン攻略の手伝いをしろって、そんだけだからな」
「お断りします!」
最前線!?
一般冒険者立ち入り禁止の、命の危険がある奴じゃ無いか!
死ぬわボケ!!
ダンジョンの中には、とてつもなく難易度が高いものも存在する。
そういった超高難易度ダンジョンは国が管理していて、一定の実力が無ければ入れないようになっている。
環境が厳しかったり出てくるモンスターが強いのは勿論、深さがとんでもなく、ソロ攻略など絶対に不可能と言われている。
実質攻略不可能な超高難易度ダンジョンは、間引きだけを行い、ダンジョンからモンスターがあふれ出さないように封じ込めを行っているのが現状だ。
“もしかしたら”に備え、ボスと戦い勝利しなければ、いざって時に対応出来ないリスクが残る。
ダンジョン最奥まで進み、ボスと戦い、その情報を持って帰る事は、国の安全のために必要な選択である。
幻想金属のようなリターンが大きいドロップがあるので、挑戦する冒険者は結構多い。
エリクサー製作に必要な素材が集まらないのもそっちに人をとられているからで、俺の助力なんて必要無いと思うんだけど。
近くに居る冒険者に頼めば良いんじゃないか?
「はっ。役に立たねぇよ、連中は」
後方支援部隊の人が説明してくれたが、彼らは自分の利益のために動いているのであり、ダンジョン攻略は二の次らしい。
人はいても、ダンジョン最奥を目指している九条さんのサポーターとはライバル関係であり、妨害こそしないものの協力は見込めない。ダンジョンの奥まで物資を運ぶ地味な仕事はあまりお金にならないので、しょうが無いと言える。
だったら報酬を増やせば良いのだろうが、彼らが稼ぐ金額より上の報酬を用意していては、お金がいくらあっても足りなくなる。
言ってしまえば、人手不足なのだ。
ダンジョンボスを倒すため、奥に行こうと思えば物資がもっと大勢必要で。運搬する人、護衛する人を増やさない事には話にならない。
ロボットの導入で多少は改善されているが、それでも最奥、ボスの居る所には届いていない。
今回のダンジョン攻略は、そのための試験を兼ねていた。
今回参加しなかった冒険者チームは、その選考から外れていたって事なんだろう。
ボスからのレアドロップも、九条さんにとって必要な物ではなかったのだ。能力と人格が保証できる冒険者こそ、九条さんたちが一番欲しいものだった。
幻想金属集めに精を出せるほどの実力が無くて、それでも最前線で物資運搬に協力しても生き残れる程度の実力がある冒険者が。
最前線ダンジョン攻略には、そこまで興味が無い。
幻想金属、ミスリルやらオリハルコンは欲しいけど、命をかけてまで欲しいとは思わないんだ。
ある程度安定して手に入れられる実力があるならともかく、今の力量で挑むのは自殺行為だと思っている。
だって最前線のダンジョンって、ドラゴン種が平然と闊歩しているようなダンジョンなんだぞ。
単独のレッドサラマンダーともまだ戦った事が無いのに、ドラゴンの群れの中で仕事をするだなんて、命がいくつあっても足りないよ。
「間違えるんじゃねぇよ。何も、今すぐに来いつってねーよ。
もーちょと腕磨いてからの話だ」
反射的に断ってしまったが、今は断っても問題なかったようだ。
実力不足だと切り捨てられた。攻略を手伝えというのは、もっと先の話だった。
俺を無駄に死地に送り込むほど、九条さんは鬼畜では無かったようだ。
「なに考えてやがる。ぶっ飛ばされたいのか?」
……鋭いご老体は、嫌いだよ。
無茶ぶりは、思ったよりも無茶ぶりではなかったけど。面倒な話になったな。
これも国が関わっているから、断るのも大変そうだ。




