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九条①

 オヤツの時間にやってきた上位冒険者の九条さんだが、水を飲み少しだけ休むと、そのままボス討伐へと向かっていった。

 どうやら予定を繰り上げ、今日中にブルーサラマンダーを討伐し、明日の朝イチで帰るようだ。

 思った以上に行動が早い。





「ブルーサラマンダーの番をソロ討伐。考えたくもないな」

「そうですわね。わたくし、単体でも戦いたく有りませんわ」


 自分では出来そうもないパワープレイに、此花さんと揃って苦い顔をする。

 お互い、長いあいだ冒険者をやっているわけだが、同じ年数を費やしたとしても同じ事が出来るとは思えない。

 才能、覚悟。人としての器、土台がまるで違うとしか思えなかった。



 四宮教授の経験値計算式である程度、レベルアップの法則が解明されている。

 言ってしまえば、レベルアップに必要な経験値には個人差が無い事が証明されたわけだ。


 しかしレベルアップでは成長しない戦闘技術や勘などは実戦の中、自力で鍛えるしかない。

 俺と本物の上位冒険者との差は、そういった部分が特に大きい。


 本気で努力する高校球児の全てがプロになれるわけではない。

 努力した球児の中でも、才能が開花した、能力の高い者だけがプロの道に進んでいく。

 冒険者の世界はそこまで才能が無くても食っていけるレベルになれるのだが、最前線を走り続けるには才能が求められる。


 そして俺に、才能は無いのである。



 もしも俺のように才能が無い者が上を目指すのであれば、常道を行ってはいけない。

 自分の非才を補う“何か”が必要になる。


「私を、見てー!」

「あたしの歌を聴けー!」

「奇面フラッシュ!」


 三人娘は、俺が視線を向けた途端にネタを披露した。

 平常運転である。

 けど、爆裂ハ○ターやハイスクール○面組は古すぎやしないか? Fも古いが、まだ呼吸しているから、そっちはまだマシか。


 ネタはともかく、弱い奴が強い奴に勝とうと思うなら、その差を埋められる強い武器、強い仲間が必要だ。そこに戦略と戦術を加え、勝ち筋を見出す。

 もしくは、政治力のような冒険者としての強さと関係無い場面で戦うべきだ。

 弱い奴には、弱い奴なりの戦い方がある。それを理解しないといけない。


 ……まぁ、勝つ必要なんて無いんだけどさ。





「このキャンプから最奥まで移動するのに2時間はかかります。それを、戦闘時間コミで往復2時間ですか。聞きしに勝る強者ですね」

「もはや笑うしかない」

「わたくし、笑う声すら出ませんよ」

「ゲームに出てくる序盤のボスも、後半なら雑魚扱いだけど。リアルでここまでされると、人間とは違う別の生き物に見えてきますね」

「まったくですわ」


 ほどなくして、九条さんが戻ってきた。

 移動とボスの討伐に、たったの2時間。

 俺たちや此花さんたちであれば3倍以上の時間がかかる攻略を、あっさりと終えて。


 あまりに大きすぎる格の違いに、賞賛の言葉の一つも出てこない。



 当の九条さんも、それが出来て当たり前という顔をしている。

 強敵に勝とうが誇るでもなく、達成感の一つも感じさせない。

 実際に戦う所を見たわけではないが、平然とした態度で最前線の冒険者がそういうものだと分からされた。


 ひと仕事終えてくつろいでいる九条さんは、そこまで強い人には見えない。


 遠くから観察してみると、ボス戦のあとでも疲れた様子もなく動きにキレがあり、見た目だけなら50歳前後ぐらいの若々しさを感じさせる人で、怖さは感じない。

 魔力が強いのは分かるんだけど、そこまでなのだ。こちらの危険察知能力に引っかからず、その強さが読みにくい。所作に無駄がなく綺麗だと思うけど、そこで考えが止まる。


 戦闘時にスイッチが入る、刀を抜くと人格が変わるとか、そういうタイプなのかもしれないな。

 普段は強さを測られないように擬態しているんだろう。

 それか、考えたくはないけど、強さに差があり過ぎて俺では理解できないのかもしれない。



 ほんの少しだけ、九条さんの戦闘能力に興味が湧く。

 勝ちたいとか、そういうのじゃないけど、今の自分と九条さんの差がどれぐらいか知りたいのだ。


 ここから2時間先の場所にいるボスを倒して、ここまで戻ってくる。

 そうやって差を測るのも良いけど、九条さんが戦っている所を見てみたい。

 可能なら映像を撮り、あとで四宮教授がやっているステータスの数値化で、自分のステータスと比較してみたい。

 ただの好奇心だが、そんなふうに興味が湧いてしまったのだ。



「っ!?」


 そんな風に興味を持った目で見ていたのが悪かったのだろう。

 九条さんの意識が、こちらに向けられた。


 視線を向けられたわけではないが、意識を向けられ、悪寒を感じた。

 敵対したわけではないが、生殺与奪の権利を握られたような、そんな気持ちにさせられた。



 好奇心、猫を殺す。

 遠くでコソコソしながら九条さんを観察していた俺は、己の失敗を悟った。

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