フラグ建築士
「そろそろボスに挑もうと思います」
ダンジョンの下見を8回、ボス戦手前まで攻略すること2回。
そこから得られた情報を基に準備を整え、新装備を開発し、攻略計画を立てていく。
これだけ頑張ったのだから、恐らくはかなり余裕を持ってボスのレッドサラマンダーを倒せると確信している。
それこそボスが特殊個体、変異種にでもならない限りは。
もしそうなったとしても、よほど変な状況じゃなかったら勝てるとは思うけど。前例があるだけに、そこはちょっと不安である。
「そういう事を言うのを、フラグを立てるというのだよ!」
「言霊を馬鹿にしてはいけませんよ。自重してください」
「俺は今まで、二度も特殊個体と戦っているんですよ。普通の冒険者は一度も特殊個体を見ない物だし、さすがに三度目は無いですよ」
「……フラグにフラグを積み重ねる。そこに憧れないし、痺れないのだよ。人はなぜ、こうも愚行を繰り返すのか」
「一級フラグ建築士ではなく、特級フラグ建築士の称号を狙っているのでしょう。
二度あることは三度ある、ですよ。特殊個体が出てくる事を前提に準備をしていく事をお勧めします。いえ、レッドサラマンダーが群れで襲ってくる事を前提にするべきでしょうか?」
「その時は逃げますよ。そんなヤバいのと戦うつもりはありませんから」
その不安をかき消すように楽観的な発言をすれば、及川・四宮の両教授から非難の目を向けられる。
いや、フラグ建築とかマーフィの法則とかいろいろあるけど、さすがにそこまでピーキーな引きをする事は無いだろう。
一般的な人生なんて、そこまでドラマチックじゃないからな。
……俺の人生、一般的とはかけ離れているけど。俺はそこから目を逸らす事にした。
ボスのいるエリアまでの道中の戦闘では、特に気になる事は無かった。
何度も通っていれば大体の事には慣れる。
出てくるモンスターが固定されているので、次の万華鋼はファイアウルフかフレイムサーペントか。そんなことを考える余裕すらあった。
敵が多少増えても許容範囲で、今さら雑魚戦で苦戦したりはしない。
ボスのいるエリアまでは、本当に順調だったんだよ。
で、遠くにいるボスの姿を双眼鏡で見た俺は、天を仰いだ。
「フラグ回収、乙」
「これが一文字九朗の真骨頂」
「やっちゃう? やっちゃう?」
天に向かって唾を吐く。言葉のブーメランが突き刺さる。
人、それをフラグ回収という。
三人娘も事前情報とは全く違うボスを見て、俺の肩を叩き慰めるように、止めを刺しにきた。
確かにキツイシチュエーションだが、介錯は優しさじゃない。今は慰めの言葉が欲しい。
「なんで……なんで……っ!」
ボスエリアに鎮座しているのは、青い炎をまとったレッドサラマンダー。
青いのにレッドとはこれ如何に?
通常のレッドサラマンダーであれば赤から黄色の炎なんだけど、それがなんで青い炎なのかは考えるまでもない。
要は、特殊個体である。
ここに来る前の俺の発言は、見事に地雷を踏み抜いていたのであった。
しかも、問題はもう一つ。
レッドサラマンダーの特殊個体、見た目で『ブルーサラマンダー』と呼ぶことにするけど、こいつは番かなにかで、二匹いたのだ。
さすがに、ここまで状況が悪いと、戦おうという気にもならない。
「撤退だ。このまま戦えば、要らない被害が出る」
特殊個体はドロップ品の実入りが良いけど、それ以上にリスクが大きい。
回避できる戦いであれば回避すべきで、命をかけて戦うような相手ではない。
だから俺は即座に撤退を選択した。
イレギュラーな状態になった場合、無理をしないのは鉄則だ。
絶対に退けない戦闘っていうのはあるけど、今回はそうじゃないし、事前の計画でもこんな場面では撤退するって決めていた。
ここで帰ればフラグ回収をネタにあの二人は呆れるだろうが、戦えば間違いなく怒られる。
それぐらいの判断はできるよ。
俺は戦いたそうな三人娘の声を無視して、さっさとダンジョンから出て行くのであった。
これでダンジョンの入り口が封鎖でもされていればシャレにならなかったが、今回はそんな事も無く、無事にダンジョンから出ることができた。
俺はその足でギルドへ特殊個体発生の報告を行い、ネット上にも情報を上げ、警戒を促した。
俺の仕事はここまでである。
アレらを倒すのは誰かに任せ、静観を決め込む。
「おや。S級フラグ建築士のお出ましだよ」
「さすが一文字さんですね。ここまで見事なフラグ回収、他の誰にもできませんよ」
冗談を言ってからかわれるが、無茶をしてボスに挑まなかった事は、周囲から賞賛されている。
あえて危険を冒す者、冒険者。
そんな呼ばれ方とは裏腹に、命を惜しむのが賢い冒険者だからだ。
あそこで戦う事を選択するのは、どこかの主人公様か勇者様って奴ぐらい。
通常のレッドサラマンダーとの戦闘経験があれば戦う事も視野に入れたけど。特殊個体が複数なら、逃げるのが正解である。
せっかくの大物と戦いそびれた三人娘は不満そうだったが、いのちだいじに、だ。
お前らに何かあって欲しくないんだよ、本当に。




