コネクション②
俺と鴻上さんは、市役所近くの喫茶店で一人の男性と会っていた。
俺たちと顔を合わせた途端に頭を下げた彼が、スパイを送り込んでしまった人である。
市議会議員の『入谷 しょうご』さん。髪は薄くないけど幸は薄そうな、細身の人である。
現在は5期目のベテランで、「昔は3期勤めれば議員年金が出たんだけどね……」とボヤく専業議員。財布の方も薄そうであった。
昔は知らないけど、市議会議員ってお金にならないらしいよ。出馬するだけで赤字垂れ流し、自費で人を雇わねばならず、それでも「議員なんてたくさん給料貰ってるんだろう」とやっかまれる不遇職なのだ。
話を聞くだけでやりたいと思えなくなるし、実際に定員割れを起こしている市議会も少なくない。
地方の「半農議員」のように、他の仕事と掛け持ちでないとやっていけない人も多く、入谷さんもだからこそ、コネ入社の斡旋に手を出したのだ。
で、慣れない人の斡旋をして、見事にコケた訳だけど。
「無理を言って入社させたにも関わらず、この不始末。なんとお詫びを言っていいやら」
「人は難しいですからね。こういった事もありますよ」
こちらの思惑だけど、入谷さんを身内に引き込み、地域関連の摩擦を少しでも減らそうと考えたわけだ。
言いたくはないけど、地域のイベントとかって面倒で参加したくないものが多かったりするから、あまり煩わされたくない。年末とかの忙しい時に重なる消防の活動とか、仕事に影響の出る部分に配慮してほしい。
だから市議とかを味方にできれば、少しは面倒を回避できると考えていたんだよ。いろんな所に顔が利くから。
……その結果、スパイ騒動で忙しくなったわけだ。
打つ手がいつも上手く行くとは限らない。
もっとも、転んでもただでは起きないつもりだけどね。
「それで、今後の話ですが」
「ああ、大丈夫ですよ。今回は不幸な結果になりましたが、一度や二度の失敗で諦めるのも、もったいないですから。
私どもとしては、入谷さんとは良い関係のままでいたいと思っています」
なお、入谷さんは市議の中では腰が低い人で、立場はそこまで強くない。
仕事ができても強引でアクの強い人より、こちらに配慮できる人を選んだのだ。タチの悪い人だと、こんな事があっても「スパイ行為をしたのはお前らの待遇が悪かったせいだ! 俺は悪くない!」と開き直るからね。
そんなのと仕事をしたくないので、俺たちには人のいい入谷さんがベストなのだ。
それに、立場が強い人に守ってもらうのも、見方を変えるとあまり良くない。俺たちを助けるためと言って、強引な方法でなにかされると周囲の反感を買うのだ。
ならばあまり重要でない立ち位置の人を味方につけ、ほどほどに助けてもらうぐらいで丁度いい。
薬も過ぎれば毒となる。劇薬は扱いが難しいので、俺は手出しをしないよ。そういうのは、もっとガツガツした、野心的な人に任せるよ。
「では、今後とも宜しくお願い致します」
「はい。こちらこそ」
今日の話し合いは、互いが配慮し合う形で終始話し合えた。
選んだ店は相手の職場近くで、先に席を押さえたことも含め、こちら側が配慮した。
入谷さんはみている俺が申し訳なるぐらいペコペコと頭を下げていた。俺どころか鴻上さんより歳上なのにね。謝罪の言葉もあったし、思った通りの人で良かったよ。でなければ、早々に手を切り次の人を探さなきゃいけなかったし。
相手がこちらに気を遣ってくれるなら、こちらも頭を下げやすい。
俺は居丈高な俺様相手に頭を下げたくない捻くれ者なのだ。アラサーなのに子供のようで性格が悪い自覚はあるが、改善の予定はない。
うちの教授二人のように頭のいい大人なら、そんな奴を相手にしても笑って手のひらで転がすような対応ができるんだろうけど。俺がその域に達するには、まだまだ経験を積まなきゃいけないんだろうね。例えば、結婚のような。
……俺は当分、お子様のままなんだろうなぁ。
入谷さんとは、しばらく雑談をしてから別れた。
来てもらった時とは違い、穏やかな笑顔を浮かべていたので、話し合いは満足のいく結果だったわけだね。
俺は二杯目半額のお替りコーヒーを頼むと、先程までの話し合いを思い返した。
「上手く行って良かったですよ」
「なんとか、上手く行きましたね。たった二人で来たのに、入谷さんを威圧する形になってしまったのには焦りましたが」
今回の話し合い。俺たちは入谷さんへの誠意として俺と鴻上さんの二人で来たんだけど、最初の顔合わせの段階で、やりすぎたと慌てる羽目になった。
会社のトップが出向くというのは、軽く見れば相手を上位者として敬っているとなるんだけど。
それを少しへりくだって見ると、偉い人による圧迫感で押し切ろうという傲慢なやり方にも見えるのだ。
入谷さんは俺が思っていた以上に自分を過小評価していたようで、地元企業のトップ二人に、かなり緊張を強いられていた。
これで及川教授と四宮教授まで追加していたら、話し合う前に入谷さんの胃袋が死んでいたかもしれない。
「しかし、これで入谷さんには貸2つ。多少は動きやすくなりますね」
「そうですね。過剰な期待はできませんが、ええ、これからも頑張ってもらいましょう」
ただ、お陰で期待通りの成果を得られた。
入谷さんは今後も人を紹介してくれるし、また同じ事にならないよう、紹介する人を前回以上に精査してくれる。
何かあったときの口利きも期待できるし、トータルで見ればプラスと言えるだろう。
あんな事があったので入谷さんの紹介が信用できないと言われそうだが、普通に雇っても、結局は同じ事になりかねないのだ。
ならば入谷さんという保険がある方がお得と。つまりはそういう事だよ。
入谷さんも、こちらがいくつか譲ったので、多少は安心できただろう。
失敗を理由に無理難題を押し付けたりはしなかったし、できるだけ和やかなムードになるよう努力した。少なくとも、仲良くなろうとしていたのはわかってもらえたと思う。
あとはまた何度も会って、交流を深めていけばいい関係を築けるはずだ。
最近は上手く行かない事が多かったので、この小さな成功は、ちょっと嬉しかった。




