扉⑥
「テレビでも取り上げられましたね」
「ネタとしては面白いからね。世界中のSFファンがAIの支配を現実の視点で議論をしてくれているから、何千人も参加者が集まっているのだよ」
「まぁ、俺たちが関わらないスレですけどね」
AIの政治参入は、元々そういった話をしていた場所で話がされるようになった。
今回のブームは俺たちが始めた話ではあるが、普段からそういった話をしている場所があったわけで、みんなそこに帰ってしまったのだ。
普段から出入りしている場所のほうが話しやすいのだから、仕方がない。
「そしてそちらにばかり人の目が向くと、一般の意見がほとんど消えてしまう、と」
「専門家ばかりの中に入っていける人は少ないからね。空気の読めない慮外者は大勢いるのだがね」
人の注目が集まれば場を荒らす阿呆も大量発生するので、SF板の人たちには悪い事をしたなと思うよ。
あと、場のルールを把握できていないからと遠慮する、前提知識が無いからとロムになる人が多くなり、俺たちの所で書かれていたような素人意見が激減していた。
場の雰囲気に馴染めなければ書き込めないのは俺も同じ。
ブームが一瞬で去っていき、多様な意見は望めなくなっていた。
健全な議論は、人を選ばず自由な場で忌憚のない意見を集める事で為される。
SFの専門家ばかりが話し合うのは好ましくないけど、俺たちが何を言っても無駄で、こればかりはしょうがない。
今は流れに任せるしかなかった。
『いやー。AIから、ものすごいダメ出しをされてしまいましたよ』
そんな状況に大きな変化があったのは、公開討論をしてから二週間後の事だった。
若手の無所属新人議員が、AIに政策の評価を依頼したのである。
『見通しが甘い。予算の確保が難しい。そこまで上手く行かない。ボロカスに叩かれましたね』
笑顔で語るその議員は今期が初当選で、地元以外では知名度も何もない、地味な議員だった。
今後を期待されている訳でもなく、このままでは木っ端議員として周囲から忘れ去られるような、そんな男である。
だから他の議員が動く前にAIを使って、それを周囲にアピールし、知名度を稼ぐ作戦に出たのだ。
『予算関連は、埋蔵金なんて存在しないものとして考えるようにと。過去の失敗与党に学べと、本当に容赦がありませんね』
笑って結果を語る若手議員。
新人な上、与党にも野党にも所属していないので、伝手の方はからっきし。皆無ではないだろうが、支持基盤は他の議員と比べてかなり弱い。
それを補うためにAIを導入したと、建前を語る。
本音は多分も何も、売名だろう。
自分の政策をチェックしようとシミュレーターを借りたらしく、一週間かけて政策の実行の有無で起きる変化をシミュレーションして、「こんな結果になりましたよ」と説明する。
それだけで周囲の関心は集まるし、自分の名が売れる。
費用はかかっただろうが、上手くやったものだ。
これが与党の重鎮、大臣クラスの政治家だと、絶対に同じ事は出来ない。
『他の議員にも是非、試してもらいたいですね。
AIの言う事が絶対に正しいなんて言いませんけど、なるほどと思う部分は多く、人間では気が付かない視点もあり、参考になるのは間違いありません』
自身の公式サイトでAIの政策診断のやり方を説明する若手議員。
与党の議員に、やれるもんならやってみろと、分かりやすい挑発をしていた。
「これ、本人がやらなくても、一部有志が動きますよね」
「……既に有名配信者が与党の政策をジャッジすると言って、依頼を出したと宣言しているね。一文字君の友人も、手を付けているよ。
今の政府は気が気でないのではないかな?」
「個人による政策批判は数多くありますが、AIにそれを任せた結果となれば、他と差別化できますし。政府批判になるかどうかは蓋を開けてみないと分かりませんし、やっている事が合法なだけに、取り締まりもされません。
これは新しい政治の、国のあり方を作ることになるかもしれませんね」
AIが直接政治に携わる必要など無かった。
ロボット政治家や、ロボット政治アドバイザーはまだ難しくても、AI政治批評家は、今の状況でも参入できる。
今ですら、間接的に人を動かし、世の中を変えていく一助になれるのだ。
「私のAIはまだ勉強中だけどね。この流れに乗るため、勉強中の過程を楽しんでもらう事にしたよ。
政治家AIのVTuberとして売り出してみるよ」
四宮教授は四宮教授で、独自の動きを見せている。
それがどのような結果を生むか分からないけど、新しい時代の扉が開いた気がした。




