扉④
「そういえば、だがね」
賛成多数で炉の増設を既定路線にする事で話が終わったが、四宮教授はふと思い出したように口を開いた。
「ロボット、AIが人間を支配するという話なのだがね。それの、どこに問題があるのか私には理解できないのだよ」
ちょっとした雑談程度の、重みの無い発言。
しかし、その言葉は俺たちの間にはっきりと響いた。
「悪政を敷くのは、むしろ人間の方だと思うのだよ。官憲や上級国民様の汚職など、掃いて捨てるほど溢れているのだからね。
いっその事、ロボットに政治を任せてしまった方が、公平で公正な政治が行われると思うのだよ。
なのになぜ、人間の支配に拘るのだろうね?」
それは素朴な疑問だ。俺も理解できる話である。
けれど、大衆には受け入れがたい考え方だろう。
「人間の事は人間が決める。それだけでは?」
「そのロボットを作っているのも人間なのだがね」
「ロボットでは柔軟性が足りないとか? 法律の運用では、その場に応じた判断が求められるので」
「司法は引き続き、人間でも構わないのだよ。国会議員をロボットで代用するだけでも、随分風通しが良くなるのだからね。
それに、柔軟性が足りないのは人間の方も然程変わらぬよ? 情状酌量の余地を決めるのも前例主義の司法であるなら、ロボットでも十二分に、人間以上に熟せるとも」
「あとは、ロボットへの偏見ですね。信頼もまだありませんし」
「さすがにそれは、如何ともし難いね。時が経ち、徐々にロボットが浸透していくのを待たないと。
差し当たっては、政治家にアドバイザーとしてロボットに頼らせる所から始めないといけないね。人間のアドバイザーの補助としてなら、まだ受け入れられるかな?」
それはどうだろうと3人で反応してみたが、流れるように返事が返ってきた。
考えて発言しているというより、すでにその程度は想定済みとばかりの返答速度だ。四宮教授の中では、もうロボットが政治をするイメージが固まっているのかもしれない。
「少なくとも、戦争にゴーサインを出す、圧政で民衆の自由を奪うような政治家よりはずっとまともだと思うよ。
ああいったことを平気でする既知外政治家を世に出さないためにも、人からロボットに移行していく方が、世界のため、人類のためになるのさ」
「みんながみんな、悪い政治家とは言えないと思いますが」
「大勢の良い政治家がいる事は否定しないがね。悪い政治家が足を引っ張り、身動きできないようにも見えるのだよ。
いくつもの国で核兵器の開発が行われているだろう? その国に、良い政治家が居ないとは言えないよね。良い政治家が居ようが、愚かな事にリソースを割かねばならないのが、現代の現実ではないかな」
「核の抑止力は――」
「核の抑止力が、必要な状況なのだから仕方がない。人間が、政治をしているからね」
最初は話し合いだったが、対立する意見が続けば、ヒートアップしていく。
普段は余裕のある大人の二人が、声を荒らげていた。
鴻上さんは、すでに退避済みである。
「かと言って、ロボットに任せれば全て上手く行くとは限らないでしょうが!」
「試す前から上手くいくかどうかわかるはずがないのだよ! 試行錯誤し、より良い明日を目指すのが科学者の心意気なのだよ!
シオンの賢者など居ないのだから、過失一つ存在しない選択肢など有り得ないと理解したまえ!!」
しかしまぁ、非常にスケールが大きくて、面倒くさい話だよな。
政治なんて、俺としては考えたくもない話題だ。
ノンポリなどと言われようが、このレベルの話をされたところで、俺にはついて行けない。
こんな俺でも一つだけ言える事があるとすれば。
「これ、こんな所で真剣に話し合う話題じゃないよな」
「む」
「ふぅ」
「そうですね」
俺たちだけで話し合っても、何の意味も無いってところかな。
ここで何かを決めた所で、他所が動けばそれで終わり。
この場には政治家など居やしないし、政治家になる予定の人も居ない。
つまり俺たちがしているのは、ただの雑談。
それ以上でもそれ以下でもない。
「話の続きは、ネット上の、人の目のある所で、より多くの人を巻き込みつつすれば良いんじゃないかな。
俺たちだけの話し合いなら、何が決まっても何の影響も無いんだし。実の有る話し合いなら、公開討論か、一般の意見を求めるような形にしないと。
ここで出した結論だけ見せても、ほとんどの人は理解できないよ。話し合うところを見せるか、話し合いに巻き込まないと、二度手間になる気がする」
日本は民主主義国家で、国民である俺たちには参政権がある。
ならば国政について自分の意見を持ち議論する事は悪い事ではない。むしろ、もっとガンガンすべきなのだろう。
そして本気で自分の考えを通すために、現代人らしくネットで大勢を巻き込んでいけばいい。
その後の話は、みんなで決める事だよ。
それが民主主義なんだからさ。




