扉③
俺は、ダンジョン内の金属精製をするにあたり、そこまで強くは反対しなかった。
なので、俺の立場は「消極的な賛成」となる。
「……話は分かります。分かりますが、作った物がいくらで売れるのか、その試算もできない状態では、会社からお金を出すことは出来ません」
「量産するのが難しい品なのだよ。要求されてから大量生産の準備を整えるのは愚策。最低限の在庫を確保したうえで、見込まれるだろう過剰な需要に応えられないまでも、多少は生産ラインの強化をしてから販売に乗り出さねば、供給不足への社会の不満がブランドイメージの悪化を招くのだよ」
四宮教授は俺の消極的賛成を得たので、今度は鴻上さんや及川教授も巻き込むべく、炉の増設をプレゼンした。計画が始動したとしても、準備に時間がかかるのだから、早めに動き出したいらしい。
しかしその目論見は、あっさりと正論によって叩き潰された。
「顧客の要求をどこまで満たせるか。その段階で破綻していますよ。
たとえ増産したとしても、外部に流出するほどの量は確保できません。従って問題となる供給不足は“最初から満たせない”はずです。……と言うかですね、生産ラインの強化は我々だけでやろうとするなら、市場には応えられないんですよ。
付け加えるなら、ダンジョン金属の合金化が始まっている以上、誰だって満たせません。この情報をオープンにしたところで、参入すれば通常のダンジョン合金が生産されず、別の供給不足を招きます。バイオエタノールではありませんが、余所を巻き込んだ場合は市場の混乱を招いたとして、周囲の恨みを買うだけですね。
最後に、需要を満たしたところで問題だらけです。ロボットたちの戦闘能力が高くなりすぎるのですよ。オーガに苦戦する今はまだいいですが、今後、ロボットたちがもっと先に進めるようになった時。はたして人間の冒険者にどれほどの価値があるのでしょうか? ごく一部のトッププロを除けば、冒険者という職業すら、人はロボットに取って代わられるでしょう。良質な鬼鉄は、それを加速すると見ていいでしょう。
他の職種ならばともかく、軍事、武力に直結する部分をロボットに押さえられるとなると、それはかなり大きな反発を招きます。最終的にはロボットによる人の統治が始まる、ロボットに人が管理される時代が来ると世界中を敵に回しかねません。
私はロボット生産者として、あまり大きな変化は好ましいと思いません。良質な鬼鉄も、これ以上生産しない方が良いとすら考えています」
鴻上さんは四宮教授の意見を否定したうえで、ロボットがこれ以上強くなる要素をバラ撒くのは好ましくないと、はっきり言いきった。
急な社会の変化は権力者と大衆の反発を招くから、もっとゆっくりと時間をかけて徐々に浸透させていく方が無難で、軋轢が少ないと考えているからだ。
おそらく、この考えは間違いでないように思う。
急な社会の変化がひずみを生むのはこれまでの歴史が証明している。
徐々に変化していったところで問題はいくらでも発生するが、それでも急激な変化よりは被害は小さいはずだ。
及川教授もまた、鴻上さんと同じ意見ではないものの、良質な鬼鉄の生産拡大には反対なようだ。
「販売、という部分は抜きにしましょう。そして今は量産はしない、それがベストです。
そもそも、自衛隊に販売する事になるのでしょうが、我々が自衛隊の期待に応えねばならない理由はありません。売り物ではないと、追加生産はできていないと言って逃げませんか?
それよりも、ダンジョンの防備に回してしまいましょう。
前回来た侵入者たちは、あくまで囮の捨て駒。本命が別にいるのですよ。ならばその本体に対抗できるだけの環境を整えるため、戦力の強化は必須事項。それを売ってしまうなんてとんでもない、ですよ。
量産に反対する理由は、あまり大々的に動くと敵に勘付かれるからですね。量産するとしたら、もうしばらく時間を空けてください」
及川教授は、細かい部分を抜きにして、自陣営の持つ武力の強化を優先したがっていた。
目に見える脅威がいるのだから、その考えだって正しい。
前回は様子見、威力偵察だったから凌げたが、本命の部隊を投入された時、その脅威に対抗できるかどうかは未知数だ。
いや、相手は勝算があるときにしか動かないのだろうし、前回の襲撃からこちらの戦力の見積もりをされたと考えれば、あまり楽観視はできない。
ただ、次の襲撃さえ乗り切ってしまえば、量産に踏み切る事もアリだと考えている様子。
「外に放出せず、他にバレなければいいのですよ。
それで鴻上さんの反対意見も大半が無用の心配となります。
あとはコストですけれど。……安全はお金で買えない、でどうでしょうか? 炉の金額を考えますと、安い買い物ではありませんが、それで運用コストを減らし、より多くの魔石入手ができるなら、投資と見る事も……できませんか?」
こうなると、及川教授も賛成派である。
鴻上さんの慎重論よりも、前へと進む事を優先しそうだ。
賛成の人数的には増産を見込んだ動きをして良さそうだが、細かい部分はまだまだ話し合いが必要であった。




