謎の現象①
侵入者が来た。
その知らせが届いたのは、朝の4時だった。
現在時刻は5時前で、まだあたりは暗いし、工場の職員は当直の者以外に誰も居ない。
だから侵入者も、ほぼ似たような状況の現地を襲撃したのだろう。
「夜討ち朝駆け、でしたっけ。このぐらいの時間帯だと、さすがに静かですね」
「やれやれ。年寄りは朝が早いと言っても、この時間帯に起きるのは辛いのだよ」
「こうも予想通りだと、面白みも何もあったものではありませんね」
その報告を聞いたからと言って、俺たちがダンジョンの方に行く事は無かった。
遠方である現地に行くだけ時間の無駄なので、工場に集まりはしたが、それも「終わった出来事への対応」でしかなかった。
現場に詰めているならダンジョンまで行っても良いんだけど、俺の仕事は警備員ではない。
なら、あとは現地スタッフに任せるだけである。施設や罠の準備はしても、それ以上は手を出さなくていいのだ。
「警察には連絡……あ、自衛隊に連絡でしたか。連絡はされたのですか?」
「はい。すでに自衛隊の方が現地に向かわれたそうです」
「なら、もう安心ですね」
ダンジョン入り口の建屋から地下ケーブルを通す予定だったが、まだ工事が終わっていない。
無線は簡単に妨害されるし、地上を這わせたケーブルに介入するのも簡単だ。ある程度以上の組織であればそういった工作も簡単に行えるだろう。
それでも通信が妨害されずに通報されたのは、全く俺たちと関係ない善意の協力者の家に監視カメラを付けていたからだ。
距離のある少々小高い位置にある家にお願いして、遠くからダンジョン周辺を監視させていたのだ。
ダンジョン入手後に俺たちがどこかの建物を購入し、そこから監視していたのであれば気が付かれたかもしれないが、それ以前から住んでいる人の家の監視カメラまで気を回すほど、相手は準備に時間をかけられなかった。
巧遅ではなく拙速である事が仇となったのである。
五人いた侵入者たちは、こちらの用意していた仕掛けが設置直後という事もあり、欺瞞が中途半端なその大半を無効化、回避して壁を越え、建屋に接近。そこまでは上手く事を運んでいた。
だが、建屋の中から接近に気が付いていたタイタン三体が応戦したので、ダンジョン侵入前にバレていると分ると即座に撤退しようとしたのだが……全員、捕縛されている。
「逃げようとしたのに、いきなり倒れたのだよね?」
「タイタンたちは反撃も何もしていなかったようですが」
「何があったかなんて、俺にも分かりませんよ」
タイタンたちは侵入者たちが銃などで武装している可能性を考慮し、最初に陣地展開ユニットで防壁を作った。
そこから音を出さない閃光弾や催涙ガス弾などで反撃をする予定であった。
侵入者は、そんなタイタンたちを牽制するつもりだったのだろう。銃で威嚇を行い、離脱を図る。
銃弾ってわりと重要な物的証拠になる気がしたんだけど、そこは気にしてなかったようだ。とにかくタイタンの行動を封じ、安全に距離を取ろうとした。
装甲部分に当たればいいけど、カメラとか脆い部分に当てられたら面倒だったので、威嚇や牽制としての効果はあったと思う。
ロボだし、直せばいいと言っても、ダメージとリターンのバランスを考えると、逃げられてもいいって判断だったんだよ。この時点では。
だから敵の銃撃を警戒し、何もしなかったんだ。
なのに、いきなり侵入者が倒れた。
全員ではなく二人だけであったが、それでも侵入者が無力化されたのだ。
残る三人はこちらが何をしたのか分からず、倒れた二人の状態も不明なため、僅かに判断に迷う。
それでも早い段階で決断し、一人が倒れた仲間に銃を撃って殺そうとするが、その僅かな隙を突いてタイタン二体が残る三人に向けて突撃。それなりにダメージを与えつつ、それを阻止してみせた。
タイタンは仲間殺しを阻止するだけで三人には逃げられてしまうが、それでも俺たちが生きた侵入者を確保した事で、自衛隊へのアピールは完璧だった。
その後、残る三人を警察が確保する大活躍をしたので相対的にはやや減点されたが、それでも先に二人確保したという実績は大きく、表沙汰にはできないが、表彰ものの活躍をしている。警察が三人が確保できたのも、俺たちが二人も先に確保し、手傷を負わせたからだと言えるのだ。
まぁ、警察と功績を競い合う気など無いので、どっちが上とかマウントを取りに行くような真似はしないけどね。
「あのユニットには、何か仕込んであったのかね?」
「そんな事はしていませんよ。あれはただの防壁です。設計した及川教授なら分かってくれますよね?」
「そうですね。ちゃんと図面通りの物を作っていただきましたし、そういった機能は無いはずです。
無いはずなんですよね……。どうやって説明しましょう?」
ここで俺たちが話し合うのは、「なんで侵入者がいきなり倒れたのか?」という部分の説明を求められるからだ。
これを知った四宮教授は、最初は俺が無断で何かを仕込んだのだろうと考えた。
だが俺は何も知らず、非常識な時間帯であるにもかかわらず、設計者である及川教授にも来てもらった。
そして及川教授も何も知らないため、話は振出しに戻る。
誰も何も知らない。
何が起きたのかも理解できていない。
侵入者になるような人間が持病を抱えていたとか、そんな間抜けな話は無いだろうという意見は一致したけど……だったら「どうしてこうなったんだ?」と疑問が残る。
その疑問に答える術を、俺たちは持っていなかった。




