有名税②
有名税の支払いなんて物は、踏み倒してしまった方が早い場合もある。
ネット上で相手にすれば釣れたと喜び、炎上のスパイラルに陥る事が多いので、無視しておくのが賢いというのが普通の対応だ。
これは被害者が訴訟などを起こしたとしても、裁判費用と弁護士費用で赤字になる事の方が圧倒的に多いからで、ネットアンチの問題が面倒くさいと言われる所以である。
最近は法改正で、荒しコメントや誹謗中傷を行うネットアンチの特定にかかるコストが大幅に削減され、ついでに要求できる額が増額された今でもそこまで変わらない。最近は一般人だと三十万円ぐらい、事業主だと七十万円が相場で、数万円で済む裁判費用は勝てば押し付けられるので考えないとしても、弁護士費用は賄えない。
弁護士費用は「相談料(話を聞いてもらう)」「任意開示請求代行料(書き込んだ発信者の特定)」「仮処分料(プロバイダに誹謗中傷を削除させる)」「証拠の仮処分料(プロバイダのもっている通信履歴の確保)」「発信者情報開示請求控訴料(書き込んだ発信者の個人情報要求)」「慰謝料請求料」と多数の手続きをやってもらうたびに発生し、総額は百二十万円ぐらいが一般的。
ここまでやらないと、誹謗中傷の書き込みに対処できないのだ。
俺の場合は顧問弁護士に頼むのだし、そういった費用は先に払ってある状態なので、そこまで高額にはならないんだけど。これを一般家庭に支払えというのは、現実的ではない。
しかも、加害者は敗訴しても支払いをしないケースが多々あり、被害者ばかりが苦労する。
もっと被害者に寄り添えるように、加害者優位な状況を変えるべく、最近は加害者の勤め先と連携して給料の一部差し押さえが可能になっているけど、そもそも加害者が仕事をしていなければ給料も何も無いわけで。
結局、被害者は勝訴した事実だけで満足する羽目になる。
こんな状態だからこそ、誹謗中傷が気軽に行われるのだ。
今はまだネット社会の黎明期という事で、もうちょっと国が強権的に罰則を強化するべきだと思う。
今の民衆では、自発的に理性的な行動が取れないからさ。場の雰囲気を整える、誹謗中傷をしない事が当たり前という空気を作る方が先だと思うんだ。
国がその法律を使って暴走する、ネットの検閲と規制で国への批判を許さない独裁国家になるなどのリスクと天秤にかけたとしても、それぐらいは構わないと言えるぐらい一部のネット民は無法者なんだから、ちゃんと取り締まって欲しいよ。
連中、何を書いても捕まらないって高を括っているから、あそこまで大胆に犯罪行為をしているんだぞ。
俺は金銭的に余裕があるので、問答無用、片っ端から中傷者たちを訴えていった。
「27人ともなると、さすがに壮観だね!」
「グループ単位の冒険者が多かったので、訴訟先は8つで済みましたけどね」
相手は支払い能力を期待できる冒険者たちばかりだったので、取りっぱぐれる事は無いだろう。
証拠はこちらが少し常識的な対応をするだけで、相手がどんどん追加していくから、確実に勝てる、楽勝と断言できるほどであった。
書き込み始めた当初は俺の名前を書き込まないだけの理性が残っていたようだが、俺が登場して「こういった事は止めるように」と常識的な説教をしただけで馬脚を現す。
煽りだと言われないように、平坦で丁寧な書き込みをしたんだけどな。それでも連中には耐えがたかったらしい。
荒しコメントへの本人返信は「釣られた」事になるのが普通なんだけど、今回は俺が「釣った」形である。
ただ、過半数はそうやって釣れたんだけど、全員が連れたわけでは無い。
2人か3人か、その程度の残党は俺の返信にも耐えきり、無視を決め込んで傷を広げず、言い逃れができる所から出てこなかった。
さすがに「バカばっか」では無かったのである。
「一網打尽で無いのが残念ですね」
「IPの開示までは通ったのだから、AIを使って追跡するので、安心したまえ!」
訴えられた連中は、敗訴後に使っていたSNSアカウントが削除され、新規の登録ができないように手が回った。
肉体労働者の冒険者だし、ネット依存症という事は無いだろうけど、SNSアカウントが作れなくなれば、そこでやりとりをしていた知り合いとは連絡が取れなくなる。家族とのやりとりにすら困るかもしれない。
そこはもう、愚かな行為の代償なので、自業自得と諦めてもらう。
新規のSNSならアカウントを作れるので、これ以上SNSが使えなくなるのは耐えられないだろうし、今後の行動は控えめになるはずだ。
訴えた連中は、無力化できたと思う。
しかし難を逃れた連中は、まだSNSで動き回れるわけだ。
こいつらは次の一手で失敗したとしても、まだ他に逃げられる余力があるので、何か仕掛けてくるかもしれない。
面倒だけど、監視しておいた方が良いだろう。
こういう時、四宮教授のAIは優秀だよ。
人間がやるよりも高精度でネットの監視ができるんだから。
最後に、訴えた連中の末路がネット上に流れるよう、ちょっとだけ誘導を行った。
「俺に対し、誹謗中傷をしていた奴らがいたんだけど――」
訴訟の記録は、公開データである。
誰でも調べようと思えば、調べられる。
ついでに、裁判も見学が可能だ。
裁判は、限定的な公開処刑になりうる。
ほんの少しだけ流した情報。
特定の誰かの事を言ったわけではなく、俺が裁判をするというだけの話。
そこから個人を特定し、ネット上に晒すのは“善意マン”たち。
やっぱり、ネットの闇は深かった。
「ネットって、怖いね」
いや、ネットと言うよりも、人の業が深いだけか。
わかっちゃいるけど、止められない。南無。




