表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/528

そしてまた現状維持

「いや、一文字君の考える“普段通り”というのは、かなり難しい事なのだよ」

「はい?」

「そうですね。そういった事をしっかりする。簡単なようで、それが仕事をする上で一番難しい事ですよ」

「ええー」


 弁護士さんとのお話を終えた俺は、その翌日、そこで話し合った内容を四宮教授と及川教授に話しておいた。

 すると、弁護士先生に言われた事が、あたかも高難易度な、達成の難しい事であるかのように言われた。


「よーく考えて見たまえ。一文字君は、スマホの契約の時に読んでおくように言われた契約書類の、隅から隅まで目を通したことがどれぐらいあるのかな?

 商売上でも、長年の付き合いがある相手であれば、契約を口頭で済ませて書類は後から適当に、という事をする者が多いのだね。相手への信用や信頼もそうだけれど、慣れた事であればなあなあ(・・・・)で簡略化するなど、どこでもやっているのだよ」

「工場の仕事もそうですよ。少しでも早く仕事を終わらせようと頑張った結果、ほんの少しの確認漏れが発生し、そこにミスが重なり、流出不具合になってしまうなど、日常茶飯事です。

 残念ながら、人はミスをする生き物なんですよ。簡単な事だから完璧にできるなどと、甘いことを考えてはいけません。

 むしろ、簡単なことほど、人はミスをするようにできています。そして難しい事は技量不足や知識不足で失敗するのですよね……」


 二人が言うには、どんなに簡単な事でも人はミスをするし、悪人がそのミスにつけ込む可能性は無くせないと断言した。

 仕事の終わりにチェックシートを使って出来栄えを確認したとしても、確認する人がミスをして、結局ミスを防げない事だって普通にある。


「ミスを完璧に防ごうと思うならば、機械的にミスが発生できない(・・・・)状況を作るしかないのだよ」


 四宮教授の言葉に、及川教授も深く頷いている。

 工業系の技術者にとって、それはどこまでも共感できる話であるようだ。


 そういえば、工場でもイージーミスやうっかりミスが無くならないと、鴻上さんがぼやいていたな。不具合発生の注意喚起をしても効果は一時的だし、継続的な対策も形骸化するとかなんとか。

 年間の不良発生率がなかなか下がらず、QC(品質維持)活動をしても効果が出ないとか、上から命令したところで意味が無いと頭を抱えていたよ。

 俺が直接関わらない部署の話だったので聞き流していたな。



「だから最近は、契約書類の確認をAIにも任せているのだよ。人の目で不備が無いかの判断をする必要はあるけれど、AIが大雑把でいいからおかしな文言が無い事を見てくれれば、安心感が増すのだね。

 これが現代のダブルチェックなのだよ!」

「あ、そんな事をやっていたんですね」

「うむ! 言ってなかったのだから、知らないのは当然なのだよ!

 この件は鴻上君ぐらいしか知らないのだよ。AIが確認をすると聞かされてしまえば、現場の人間が「あとでAIが見てくれるから、自分は適当でいいや」と、偽りのダブルチェックをし始めるのだからね!

 だから一文字君も、他に漏らさないでくれたまえよ?」


 どうやら工場は俺が思っている以上に守られていたようだ。


 そして、言われた言葉が耳に痛い。

 誰かに任せられそうな仕事であれば、任せた安心感から手を抜いてしまうというのは、よくある話。

 俺自身も、身に覚えのある考え方だった。

 どこぞの「ヨシ!」が口癖の猫キャラも、そんな現場あるあるをネタにしていたぐらい、これは普遍的なミスの要因なんだろうな。



「契約書類の確認だけでも、簡単なようで面倒なんですね」

「騙される方が悪い、などとは言いませんよ。しかし、騙されてしまえば合法的に不条理な不利益を被ってしまうので、騙されない対策は本当に大切ですね。

 けれどその大切さを、人は常に意識し続けることができない生き物である事を、忘れてはいけません」


 複数の解釈ができる文面を「きっとこうだろう」で終わらせてしまう人の、なんと多い事か。

 そういったファジーさを悪用する人の、なんと悪辣な事か。


 そんな悪事に対抗しようと面倒臭い話をさらに面倒臭くする必要は無い。

 騙されないようにと意識し続けるために、対策に対策を重ねていくと、対策のために対策をしているような状態に陥る。

 そうすると面倒臭い対策に嫌気がさして、一つ一つの対策が疎かになる。

 対策を増やしたつもりが、対策を全部駄目にするのだ。それぐらいならば、いっそやらない方がマシであるとさえ言える。

 無警戒は論外だが、状況に合った適切な警戒をするべきなのである。


 及川教授は、そんな話を切々と語ってくれた。



 ん?


「つまり、現状維持ですね」

「はい……」


 そうして出てきた結論は、現状維持。

 強いて何かするとしたら、今やっている事のレベルアップを目指し、改善をしていくぐらい。それも継続的な改善活動としてやっている事なので、普段通りで良かった。


 新しい事を増やし過ぎても現場に無駄に負担が増えるだけで、効果が見込めないらしいから、増やさないように意識する、むしろ無駄を削る意識が重要らしい。

 対策をするために新しい事を増やすにしても、ちゃんと先に現場の声を聞けと。

 現場の声を聞く事のが特に大切で、経営者の判断と現場の声のバランス感覚が大事だと念押しされたよ。



「対策をする事が、必ずしもいい事とは限りませんよ」


 もどかしくはあるけど、何事も抜け道とか近道に頼らず、地道に進むしかないらしい。

 なんか最近、いろんな所から「余計な事はしなくていい」って言われている気がするよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 騙す騙されないの対策はするのに、何故か、会社の権利関係がザル過ぎる記述が目立ちすぎる。 そちら関係で攻められたら、一溜りもない気がするのだが… [一言] いやホント、倒産寸前の捨値(…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ