疑惑の男、四宮①
最近、四宮教授の動きがおかしい。
「鴻上さんは何か知っていませんか?」
「それは、私よりも及川さんに聞いた方がいいのでは?」
「いや、及川教授って、たぶん四宮教授側の人だから」
最近の四宮教授は、どこかおかしな行動を取っていた。
業務外でどこかと頻繁に連絡を取っている様だが、それを俺に隠している様なのだ。
「一文字さんの気のせいという事はありませんか?」
「それは、無いかなぁ。なんだかんだ言って、あの二人との付き合いも長いですし」
付け加えると、及川教授は四宮教授が何をしているかを知っていて、フォローをしている節が見える。
なので、この話は及川教授にも言えないでいる。
白羽の矢が立った鴻上さんは面倒くさそうな顔をしているが、恐らく無関係。四宮教授の側ではないと思った。
俺に関係ない事をやっているなら、問題は無いんだ。
例えば趣味関連の話であったり、家庭の話であったり。そんな事なら俺が関わる理由は全く無いので、俺に話すも話さないのも、四宮教授の自由である。
ただ、少なくとも家庭の問題ではないだろう。
俺がこの事を知ったのは、四宮教授の奥さん経由だからだ。
「あの人ったら、もう! 別居が長く続いたせいで、独り勝手な行動が身に付いちゃったのね!」
憤慨する奥さんから聞き出した事をまとめると、最近は電話中に俺や光織の名前が何度も出ていたので、仕事絡みではないかと推測したようだ。
あと、こちらで残業が無い日にまで帰りが遅かったりするので、不信感を抱いて俺に電話してきたのだ。
奥さんとはいえ、さすがに、教授の通話履歴を探る事まではしていない。
四宮教授はスマホの管理をかなりしっかりしているので、奥さんだろうと勝手にスマホを見る事が出来ないのだ。
スマホのロックを外す4桁の数字は毎日自動で変更され、その日のロックナンバーは何らかの法則性を持っているらしいが、その法則を知らない奥さんではお手上げらしい。
当たり前だが、俺だってわからないしねぇ。
誰と連絡を取っているかは不明である。
「これで若い女と話をしていたんなら、とっちめてやるんだけど!」
奥さんは四宮教授が誰と話をしているのかは知らないけど、恐らく同年代の男らしいと言っている。僅かに聞こえてきた声が、そんな感じらしい。
なので深く追求こそしなかったものの、そんな奥さんの愚痴に俺は付き合わされている。
「これが長く続くようなら、三行半よね」
「いえ、それは性急ではありませんか?」
「そんな事ないわよ! 雇い主に隠れてコソコソと! 正々堂々とできない、後ろ暗い事をするような男を夫にした覚えはないわ!!」
四宮教授の奥さんは、どうやらこういう人らしい。
自分の嫁でないし、普段関わらない人だし。どういった人でも問題は無いんだけどね。
こういう人と結婚すると、俺の様な普通人は、尻に敷かれて押し潰されるんだろうなぁ。四宮教授のようなマッチョでなければ、耐えられなさそうだ。
そんな事情もあって、鴻上さんを巻き込んだわけだけど。
鴻上さんだって、たとえ本当は四宮教授の行動を知っていたとしても、俺が聞こうが隠すだろうとは思っている。
ただ、隠しているなりに問いかければ反応があるわけで、俺はその反応を見ようと思ったのだ。
「うーん。本当に知らないみたいですね」
「本当に知りませんよ」
そうなると、本人に直接聞いてみるべきか。
それとも協力者であろう及川教授から順に問い質していくべきか。
さすがに、興信所や探偵に四宮教授の調査を依頼するといった真似はしない。
そこまでするのは、相手と戦争をするぐらいの覚悟が要る。
何をしているのかは気になるが、今のところ、俺には四宮教授と敵対する意思など無いのだ。
これで四宮教授が何らかの背信行為をしているというのならともかく、及川教授も手を貸している以上、そういった事はしていないと思う。
及川教授は過去に色々あったらしく、金銭関係では潔癖に近い考え方で動く人だ。技術漏洩など、そういった不正行為に手を貸すような人ではない。
それに、俺は四宮教授を信じているのだ。
悪い人ではないし、俺を裏切ったりはしない。
……ただ、俺のことを考えた上で、勝手な事をする事はあるだろうけど。
相手も人間なので、どこかで主義主張が食い違う事があるし、何か意図せずやらかす事もあるだろう。
単なるコミュニケーションエラーって可能性が、一番高そうな気もするが。
忠臣は主の耳に痛い諫言をするものだし、それを聞くのが主人の器だと言われている。聞き入れるかどうかは別にして、お世辞やおべっかを使うだけの太鼓持ちなど、信用ならない。
しかし、そういった事が認められるのは面と向かって批判をするときだけで、きっと聞き入れてもらえないだろうと裏でコソコソ動き回るのは、忠臣のする事ではない。奥さんが怒っていたのはそういう所だろうな。
少し迷ったが、俺は四宮教授本人に、直接話をしてみる事にした。
四宮教授から言ってもらえないなら、俺から聞くまでである。
「いつか聞かせてくれるだろう。俺はそれまで待てばいい」と、大物気取りをするほど、俺はのんびりしたタイプではないのだ。
「変な事にならなきゃいいけど」
俺は叶うはずのない願いを胸に、腹を割って話をしてみようと思うのだった。




