俺とロボと新たなおっさん
原神が届いた。
全部イチから作られた新品である。
「ハンコを押して、と」
「はい。これで引き渡しは完了だね!」
それを届けたのは、筋骨隆々、研究者ではなく格闘家としか思えない、及川准教授より年上の、壮年の男性。
彼が今回、原神のメンテを行うために来たソフトウェア担当の『四宮 耀大』教授である。
一見しただけの時はいつも笑顔の爽やか系マッスルで、わざわざ山まで来るあたり、フットワークが軽く行動力のある人に見えた。
教授なのに、こんな所に来ていいのかと思ったけど。
「今の時代、リモートでどこからでも授業ができるのさ! 一文字君の許可が出るなら、学生たちをこの近くに呼ぶのもいいね!
それに、だ。こういった事を学生に押し付ける訳にもいかないのだよ! 彼らは学究の徒であって、従業員ではないのだからね!!」
近くにいると常識破りというか、破天荒な面が印象に残る。
教授なんだから能力はあるんだろうけど、喋り方といいこの人は奇人のたぐいだと思う。そして俺が巻き込まれ、振り回されそうな気配がする。
チェンジは出来ないのだろうか? こう、こっちと少し距離を取ってしまうような、もう少しおとなしい人がいいんだが。
「これから長い付き合いになるのだ、よろしく頼むよ!」
「よろしくお願いします……」
キラリと歯を光らせているような、まぶしい笑顔で挨拶してくる四宮教授。
返事をする俺の顔は、たぶん引き攣っていたと思う。
「それでは、ダンジョンに挑もうではないか!」
原神の起動確認を行うと、さっそくダンジョンに入る事になった。
俺と四宮教授は槍を持った原神三体を前に出して洞窟の入り口を潜る。
「ふむ。ちゃんと入ってこれたようだな。よし、これならば問題無く実験ができるね!」
「すみませんが、声は小さめでお願いします。自分で戦うならともかく原神の初陣なので、大きい声で大量にゴブリンが寄って来ると困ります」
「それはすまない。気を付ける事にしよう」
事前にダンジョンでの注意事項は一通り説明しておいたんだけど、四宮教授は気にしなかったのか、それとも忘れていたのか。大きい声で喋っていたので、すぐに注意する。
自分の半分も生きていないような年下に注意されたのだが、四宮教授は素直に謝り、声のボリュームを落とした。
良かった。ちゃんとこっちの話は聞いてくれるんだな。
……興奮して、思わず大声を出し続けるとかありそうだけど。
その時は、頑張ろう。ゴブリンぐらい、何とでもなるし。
原神たちは、危なげなく洞窟のダンジョンを歩いて行く。
「事前に聞いていたけど、ちゃんと整備されているようで安心したよ。
不整地にも耐えられるとは言え、やはり足場が安定している方が安心だからね」
「整地ローラーを何度も転がしましたからね。自分だって何度も通うんだから、その程度の手間暇はかけますよ」
「それをしていないダンジョンの方が多いんだから、そこは誇っていい事だよ」
整地ローラーは、グラウンドなどを平らにする道具だが、こういったゴテゴテの岩場である洞窟には対応しておらず、何度も何度も洞窟内を往復し、ローラーをベコベコにして、ようやく歩きやすくなった程度の結果しか出ていない。
以前と比べれば雲泥の差ではあるが、それを知らない四宮教授に褒められるとは思わなかったよ。
「こう見えて、冒険者向けの商売を考え、ダンジョンにはしばらく通っていたのさ。やはり自分の目で見ないと、どんな物が望まれているか分からないからね。
ダンジョンという現場は、一部のお金になる場所以外は酷い物だったさ。一銭の得にもならないとは言い過ぎだが、整備しようと採算に見合う事ではないのだから」
いえ、「こう見えて」ではないですよ。見た目通りです。
その筋肉では、ソフトウェア開発者の方が意外だと思います。
そう思ったけど、口にはしない。
外見をネタにして人にとやかく言うのはマナー違反だし。
心の中で考えるのはしょうがないけど、口に出さないのが社会で上手くやるコツだと思う。
他人の外見をとやかく言うのは、思わぬところで敵を作るから。
褒め殺しは軽い笑顔で流し、表情を引き締めて前を見る。
見れば、洞窟の先に映し出される3つの人影。
指示が無いため待機したままの原神の向こうから、ゴブリンがやって来る。
「迎撃! 構え!」
大きな声を出すなと言ってあったのに、それに気が付いた四宮教授は大声で原神に指示を出した。
まぁ、本格的に冒険で痛い目を見た事が無いのだろうから仕方が無いかと諦める。
最悪、原神が壊れた責任を問うとしよう。
俺はそんなことを考えているが、原神はすぐさま指示を実行する。
迎撃指示なので、迎え撃つべく腰を落として槍の穂先を突き出すだけで、攻めには行かない。
原神は戦闘行為そのものが初なので、リスクを取りに行かない作戦である。
とは言え。
「ぐぎゃっ!」
「めぎゃっ!」
「ぐげっ!」
あっけなく、寄って来たゴブリンは原神の槍で串刺しにされ、終わるのだが。
「……だいじょうぶそうですね」
「それはそうだとも! さすがに、こんな恵まれた環境で失敗するほど、原神は弱くないのさ!」
どうやら原神はロボットで生き物と違うため、モンスターからたんなるオブジェか何かと思われたようだ。
ゴブリンは何の警戒も無く近寄り、心臓のあたりを貫かれて瞬殺された。
「もっとも、この一戦だけを見て原神が本当にダンジョンで戦えると断言できるものではないがね。
原神はまだまだ学習を始めたばかり。ここからが本番だとも!
足場が悪い、数が多い、特殊固体との遭遇。ダンジョンにおけるあらゆる状況でも勝利を収めることができて、初めて原神は世界に認められるのだからね!」
この結果に満足しつつも、四宮教授は慢心しない。不確定な未来に怯えたりしない。
今後の課題を声に出しつつ、それが乗り越えられるのを疑わない態度で胸を張った。
その後も寄ってくるゴブリンを倒しつつ、特にアクシデントも無く、原神の初出撃を終えるのだった。