心境
柚子川君はテストパイロットとして雇われたわけだが、肝心要のバトルクロスは、まだ柚子川君に染まっていない。
メインで使っているものではなくサブ機だったので、前任者である俺の影響はそこまで強くないはずだが、それでも彼が一ヶ月頑張ったのに俺の影響が抜けきっていないのだ。
何か新装備をテストするのなら、バトルクロスが彼に馴染んでからじゃないと拙い。
柚子川君の見習い、仮免はまだまだ取れそうになかった。
「会社、工場が一文字さんの手を離れた、という訳でもないでしょう。何をそこまで気にしているんですか?」
そうなると、テストパイロットとして正規の仕事を出来るのはまだ俺一人という訳で、俺の需要はまだ無くなっていない。
今、俺がこの仕事から手を引くのは工場にとって大きな損失である。
だから俺はここに居ていいと、断言できるんだけど。
「何と言うか、アレですよ。この工場は、俺が一から作り上げた物じゃないっていうのが、大きいんだと思います」
及川教授は、腹に重い物を抱えたような俺を気遣って、自分からこちらに話を振ってくれた。
こういったモヤモヤは言葉にする事で明確化し、どうすればいいか分かるようになる事が多い。
とにかく考えを口にして、自分がしっくりくる答えを探せるようにと、言葉を引き出してくれているのだ。
そうして俺の中で出来てきた答えは、この工場が鴻上さんの物であり、俺が自由にしていいものではないという考えだった。
一応ではなく、法的に、俺はこの工場の出資者である。
よって会社の経営に対し、口を挟む権利を持っている。
ただ、俺はある程度好きにやらせてもらえればそれで良く、会社の黒字経営とか特に興味もなく、パワードスーツ開発という趣味に仕事を全振りしていた。
その他の経営方針など特に無く、白紙の委任状で済ませてしまえとお任せであった。
工場を購入した当時の俺には会社経営の知識などがほとんど無いので、経営者をやろうという発想など無かった。
今は数年分だが社会人を経験したので多少マシになっているけど、それでも経営者という立場に魅力を感じないし、他人の人生とか、重すぎる責任など背負いたくはない。
酷い言い草だが、自分がある程度好き放題できる環境こそが求めるものであり、これ以上の大金が欲しいとか、そういった考えは無いのである。
「衣食足りて礼節を知る」のが普通の人なんだろうけど、俺の場合は「衣食満ちて自由を求める」なんだろうな。
アホの子の発言をするなら、「金で責任を全回避してヒャッハーしたい」に近い。ヒャッハーの内容がパワードスーツの開発なのは、どうやっても理解しがたい発想だろうけど。そんな感じなのである。
「バトルクロスはある種の成功例、既に完成された力を持っていますけどね。
こちらとしては、能力を維持したままの小型化と、更なる性能の向上を狙っていきたいんですよねぇ」
「まだまだ先の見えない、難しい話ですね」
「ええ。時間とお金がいくらあっても足りませんよ。もちろん、人だって足りていません」
そんな奴がなんでこんな事をしているのかと聞かれれば、パワードスーツの開発は個人ではできないからである。
会社という形でより多くの人を巻き込み、数億円などとけち臭い事を言わず多額の資金を投入し、長い時間をかけて開発をしていくしかない。
で、それをやろうと思うと、どうしても背負いたくない責任を負わないと駄目なわけだよ。
あとはトレードオフで、俺が欲しいもののため、目指す場所のためにどれだけ我慢できるかという話。
「アレが欲しい」「これが欲しい」「何一つ諦めたくない」というのは簡単だが、実際にそれが通るのは、フィクションの主人公様ぐらい。そしてチートな物語の主人公だって、労せず全てを手に入れられるのはごく一握り。大半は作者の都合で苦労を背負い込みながら何かを得ている。
俺の様な運が良いだけの凡人に、「望んだ物、全部欲しい。でも、責任とかは全部要らない」などという子供のワガママは許されない。
やりたくない事もやりつつ、現実と折り合いをつけて、欲しいものを手に入れるよう努力して、ようやく手が届くかも、といいったところ。
……ちょっと高望みしているからね。
ダンジョンで使えるパワードスーツの開発とか、小金持ちが興味本位で手を出すような分野じゃないから。
責任から逃れたいと言いつつも、自分で責任を背負い込んで、相応に苦労が増えている気がするよ。
「自覚していなかったのですか?」
「自覚はしていますよ。ただ、自分にとってのベストがフリーライフと言うだけです。
けど、フリーライフをしていたらパワードスーツは作れないので、現実に折り合いをつけ、妥協をしている所ですね」
今のところ、パワードスーツの開発は着々と進んでいるし、ここで手を放す気はないけど。
もしかしたら、目標に手が届いたら、とか考えてしまったんだろうな。
下手をすると、そこで燃え尽きて引退とか?
それが無いとは言い切れないよな。




