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テストパイロット⑤

 柚子川君の体内に盗聴器が仕掛けられていた事件だけど、3日で解決した。

 警察から連絡がきて話を聞いた時は「は?」ってなったよ。本当に。


 四宮教授は「相手がポーションを使って傷を治したことを含め、非常に悪質性が強い事件だが、警察が本気になる事は無い」といった事を言っていたんだけど。


「いやぁ。偶然にも、近くで毎晩散歩している人が犯人を見かけて、覚えていたようで」


 夜の散歩でそんな連中と出遭うなんて、なんて嫌な偶然だとは思うけど、そういう事は、起きる時には起きるものだ。

 実際、その恩恵に与っている俺が文句を言う筋合いはない。


 警察も、四宮教授の言っていた「運次第」で大幅な労力削減ができたのだから、ニコニコしている。

 本来は何日、何十日と地道な聞き込みを行い証言を集め、現場で目を皿にして証拠を探し、ようやく犯人にたどり着くものだ。

 それが初日に有力な証言を得て、そこから芋づる式に犯人にたどり着くとは誰も思っていなかった。

 警察は本気を出していなかったかもしれないが、本気でなくとも事件解決はすると。そういう話であった。



 証人になった散歩の人は情報提供で金一封。

 俺たちは犯人が捕まって安心。そして犯人ザマァ。

 警察は無駄な仕事をしないで済んだことに加え、スピード解決で世間からの高評価。


 犯人以外は、誰もが幸せになった訳である。



 ……誰かが、更に裏で糸を引いている気もするけど。





「鴻上さんを陥れた連中の妨害だったとはね」

「自分が選ばれた人間だと勘違いしてしまった、哀れな連中であるよ」

「社会的な地位を免罪符と間違えてしまう人は多々いますよ」


 犯人は鴻上さんに不義理をした、自動車会社の人間だった。

 こいつは以前、鴻上さんの工場に無茶な要求(パワハラ)を言ったり、特許を奪ったりとやりたい放題であった。

 しかも他の取引先に悪評をばら撒かれたため、仕事がなくなった鴻上さんは一時期、借金で工場を手放す羽目になったのである。


 偶然にも俺が工場を買い上げ、存続させたことで立ち直ることができたんだけど……今度はこんな、非合法な手段にまで手を出した。

 いったい何がこいつにここまでさせたのかは分からないし、知りたくもない。

 目的は鴻上さんだったのだろうが、それ以上考えても仕方がないので、聞かないようにしている。


 裁判は時間がかかるようで、まだ判決は出ていないが、執行猶予無しの有罪判決は間違いないともっぱらの噂である。





「これでザマァと言えれば良かったのかもしれませんが、アイツが捕まっても、全然スッキリしません。

 むしろ悪影響が大きすぎて、解決したと思えないんですよ」


 鴻上さんはかつて自分を追い込んだ奴が捕まった事に、複雑な心境なようだ。

 ここで「嫌な奴が捕まった! ザマァ!」と言えれば良かったのかもしれないが、そうも言えない状況に、むしろ顔をしかめている。


 やらかした馬鹿は自分の勤め先を盛大に巻き込み、自爆した。


 勤め先の会社にしてみれば、そこそこの地位にいる人間がここまで盛大にやらかす事など想定しておらず、寝耳に水で大慌て。

 過去の悪行も「それぐらいどこの会社もやっている、当然の企業努力」と言い切る犯人の態度に「コンプライアンスを一から勉強してこい!」と叫びたかっただろう。


 会社ぐるみでの犯行ではなかった。

 そうは言っても大会社による下請けへのパワハラは常態化していたのは事実であり、企業イメージの悪化は避けられず、ネットでは散々叩かれ瞬間的な業績悪化で株価にそこそこのダメージを負った。

 その責任を取る形で、偉い人が頭を下げるどころか、いくつものクビがすげ代わったようだ。

 完全に大事である。



 そうなれば恨みの矛先は鴻上さんにも向く事になり……工場には、面倒な電話が多数かかるようになった。


 いつぞやも活躍した四宮教授のAI電話番が今回も八面六臂の大活躍をしているので、業務に支障はないけど、面倒な話である。

 こちらの事情など知った事じゃない連中にしてみれば「つまらんことでお前らがグダグダ騒いだせいで俺たちが大損をしたじゃないか!」という話なのだ。

 社会的な利益を考え、お前ら弱者は泣き寝入りしろと。彼らはそう言いたいらしい。


 もちろん、こんな連中は相手にする価値など無いので、スルーだし、悪質であれば通報している。

 これについては、時間が解決してくれるのを待つだけだ。



「……はい、はい。いえ、申し訳ありませんが、いえ、そうではありません。はい、すみませんでした」


 一応、自動車会社と鴻上さんの工場の間では、過去に不利益を働いた件も含め、全面的な和解が行われている。

 相手の謝罪と賠償を、鴻上さんが受け入れた形だ。


 賠償金として結構な額が工場に振り込まれ、これで工場は銀行からの貸し入れ(借金)が無くとも、100%自己資産だけで運営できるようになった。

 テストパイロットの後輩もできたし、俺がここで完全に手を引いたとしても、鴻上さんはこれで大丈夫な状態である。



 いや。経営の素人である俺がいない方が、工場は上手く回るだろうね。お払い箱になる可能性も有るかもな。などと卑屈な考えが浮かんでしまった。


「そんな事は言いませんよ。一文字さん。今後とも是非、よろしくお願いします」


 まぁ、鴻上さんと俺との付き合いは、まだ続く。

 俺たちは握手して、今後も仲良くやっていこうと笑い合った。





 ……ある意味、鴻上さんも及川教授や四宮教授と同じような対等な立ち位置になっただけなんだがなぁ。

 元の関係が上下関係だっただけに、そこが上手く消化しきれないのかもしれない。

 かなり傲慢だったかな。反省。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは悪質なパワハラとか経営のずさんさを株主から突っ込まれて責任者の首が吹っ飛んでそうですな。 それにしても、これでしばらくは資金問題も解決して経営も大丈夫そうですね。
[一言] 忘れがちだけど自衛隊に商品納品してるもんね そりゃ運よく見てた人とかもいるよね… 今までの問題も知らないだけで善意の一般人が無実を証明してくれてたりしたんやろうなあ 有難いなあ!!
[良い点] いい意味でしょーもない解決で笑った [一言] いくらおかしなコンプライアンス精神してても寝てる間に侵入して機器を仕込むなんて普通の社会人じゃ考えないだろうから黒幕は居るだろうなぁ
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