妨害工作④
子供の保護をするため、手を回した。
ついでに望月さんの子供が俺の近所に引っ越したりするようであれば、こちらで就職する時に口利きぐらいはするという約束もした。
まぁ、当たり前だけど近所といっても工場のある町中の話で、ダンジョンのある山の方じゃないけどな。
これで望月さんの中で俺の株が上がり、親族連中の中でのイメージアップにもつながったと思う。
望月さんが俺の事をチョロいとか、頭を下げれば手を差し伸べる甘ちゃんだとか、そういったよろしくないイメージを持っていたとしても、それでも「会話が可能な相手」と思ってもらえたのであれば、それでいい。
それで、子供が無事に保護されればいいと思っていたんだけど。
「おぁ。法的に親権を取り上げましたか。やりますね」
望月さんはやり手なのか、毒親から子供を取り上げ、自分たちで育てることにしたようだ。
あれから3日で育児能力の欠如、育児放棄と児童虐待を理由に子供の身柄を即日確保。他の親類と連携して訴訟取り下げのために手を打ってくれると約束してくれた。
「子供に罪はありません。親がああでも、幸せになる権利がありますよ。
これは、その為に必要な行為でした」
望月さんも、最初はそこまでする気はなかったのだと言う。
しかしあの後、訴訟嫁と話をするために家を尋ねたところ、状況がヤバすぎたため警察と児童相談所に通報する事になったのだ。
「家の中は荒れ放題でしたよ。長い間、まともに家事をやっていません。食事も自分で作る事をしなくなったようです。
仕事にも出ていませんでしたし、何より、自殺の準備と思えるような物がいくつも見付かりました」
望月さんは、俺に「無理心中の可能性あり」と言われた事で、そちら側の感度が高くなっていたようだ。
あの女の家にある真新しいロープと踏み台を見た時、思わず叫びそうになったと、その時の記憶を振り返っていた。
警察に待機してもらいながら望月さんが話を聞いたところ、本当に無理心中を考えてしまうほど、精神が追い詰められていたようだ。
あの女はMPK犯の妻だからと仕事を首になり、ネットだけでなく親族や近所から責められた事もあり逃げ場が無く、もう子供と一緒に死ぬしかないと思い詰めていたのである。
だったらなんで訴訟を起こしたのだと言いたいが、あの当時は夫を喪い冷静ではなく、親切な人に言われるまま、裁判に踏み切ったというのが真相だ。
ここまで大事になるとは考えていなかったとも言う。
裁判を起こすというのは、手間なのだ。時間だけでなくお金もかかる。
感情的になっただけで裁判を起こすというのは難しく、やるとしても、感情のままに騒ぐぐらいなのが関の山。
裁判をするとしたら、ある程度落ち着きを取り戻し、理性的に動かないといけない。
そして裁判の理由は、俺に対する復讐と言うか嫌がらせのような、そういった意味合いが強い。
ある程度落ち付いて行動するのなら、もっと効果的な手段を取るだろうし、確実に負ける裁判などという迂遠なやり方はしないのである。
いくら俺に嫌がらせをすると言っても、負けが前提となると、もっと効果的な、他の方法を取るだろうし。
とりあえず裁判でなくてはいけない理由は、俺の頭では思い付かないね。
「一文字さんに言われていなければ、気が付かなかったかもしれません」
「望月さんが動いたからこそですよ。あの段階だと、俺はまだ口を出しただけですから」
身内が自殺しようとしていた事、それを止めた望月さん。
今日の彼は、前回のくたびれた表情ではなく、やや怒りを帯びた真剣な顔をしている。
聞いた話の中に出てきた、裁判を起こすように誘導した「親切な人」に、本気で怒っているからだ。
自分たちが振り回された事もあるけど、それ以上に身内の不幸を利用して周囲を引っ掻き回すような悪党に義憤を抱いているのだろう。
この「親切な人」こそ、正義マンでなくとも叩き潰してやりたいと思うような、本当の悪党だ。
そして、こいつこそが俺の潰すべき“敵”である。
「警察にも相談しましたが、法で裁くことは出来ないそうです。
そいつがやったのは、「相談に乗って」「裁判という手段を提示し」「その手続きの手伝いをした」だけですから。
証言はあっても証拠が無く、行為の一つ一つをとっても犯罪とまで言うには“弱い”そうです。特に、そいつが何の利益も受け取っていない事がネックだと言われました」
法で裁かれない安全な場所で、他の誰かが地獄に落ちようが何も構わず、自分の利益だけはしっかり掠め取っていく。
かなりムカつく相手だが、合法的な手段では追い込めないと、望月さんはテーブルの上で拳を強く握りしめた。
これが誰かを探し当て、ぶちのめしてやろうと思う訳だが、少ない情報を頼りにどうやって探し当てればいいというのか。
裁判の手続きを代行したという事で、代行に使われた業者が依頼人を売ってくれるかどうか。
ここから先は、探偵とかそういった人間のお仕事になる。
俺はただ、金を出して依頼する事しかできない。




