俺はこうしてラノベ主人公に共感……しない
「結論から申し上げますと、実用化促進のため、一文字さんに原神をお売りします。手元にあるのは現品の一台のみですが、追加でもう二台を今月末までに納品します。
それと、しばらくはデータのフィードバックのため、担当者がそちらに詰めるそうです。こちらはシステム系の研究室がメインですから、詳細はそちらで確認して下さい」
話を振ってから3日後、及川准教授から受諾の連絡が来た。
及川准教授としては不本意という感情が喋る声から簡単に読み取れ、今回の決定に不満があるのがよく分かった。
ただ、他の研究室からは強い賛同があったようで、そこで押し負けたらしい。
ハード担当の及川研究室からは人を出さないが、ソフトウェア関係からは人を出す。その決定からも、なんとなく現状が見て取れる。
こちらとしては、及川研究室からも人を出して欲しい。
俺は武器のメンテナンスならできるけど、ロボットのメンテナンスなんてできない。
そう考えていたけど。
「簡単なやり方なので、レクチャーします。原神はメンテナンス性を重視しているので、素人でも対応できるはずですよ。車の自主点検と同じです。
あと、稼働状況にもよりますが、実働三回に一回はこちらに原神を持ってきてもらって、そこでメンテナンスがきちんとできているか確認しますよ。
ロボットの状態確認は専用の設備が必要なんです。私達がそちらに滞在するにしても、設備なしでは何もできませんので」
筋の通った理由で断られた。
嘘は言ってないけど、それだけでもない。
ちょっと距離を置かれた感じだ。
とは言え、確かにメンテナンス用の設備をここに作る予定はない。
ちゃんと設備のあるところでメンテをしたいと言われれば、無理など言えない。
無理を通すなら、メンテ設備をダンジョン前に作るぐらいの器を見せるべきだろう。
ロボット三体、5千万円。
馬鹿みたいな数字が出たけど、開発品、試作機ならではのお値段である。
俺にはあぶく銭があるため、即決で支払い手続きを済ませたけど。
高いのは、試作機だから。
制式量産品として商用販売をするなら、半分以下のお値段になる。
量産体制の有無は、それぐらい値段に直結する。
初期ロットって、開発費用が少数のロボットに上乗せされるからね。仕方が無い。
量産されて、多数に開発費用の負担が分散されるまで、工業製品は安くはならないんだよ。
冒険者の使う武器も、削り出しの工場生産品はそこそこの値段なのに、職人の一点物はものすごく高い。
原神は、まだまだ手作りロボットだからな。職人の一点物とそう大きくは変わらない。
早く工場生産されるようになってほしいものだ。
俺は原神に金をかけ、大きく散財した。
ただし維持運用の費用に関しては、実働データのフィードバックを条件に、ほぼ無料でやってもらえることになっている。
俺はスポンサーみたいな立場で原神に関わっているわけではない。
だから協力をするにしても、お互いの利益・権益をはっきりさせるため、顧客の立場であるようにと、協力を有償でしている体を取るためだ。
俺が原神の権利関係で俺が直接利益を受け取る事は無いと、そういう線引きのために必要な事らしい。
「いや、さすがにスポンサーを名乗るつもりは無かったんですけどね。私的利用であると明言したわけですし」
「それでも、ですよ。こういう事ははっきりさせておかないと、ズブズブになってあとで揉めるんですよ。
昔、私の先生が同じような事をしてしまった結果、相手側から研究に協力していたと言い出され、知的財産の受益者に食い込まれた事件がありまして。一文字さん本人が問題なくとも、その配偶者になる人などが騒ぎ立てる事は十分に考えられるんですよ。
支払いが何も無しの場合、契約にどう書こうが隙ができるんです。ですがこうやって対価の支払いを行えば、そういう契約だったと断言できますからね」
……金銭関係のトラブルは、難しく、根が深くなる。
自分の恩師が金銭関係で大揉めしたから、及川准教授はそういったトラブルを避けるために徹底した態度で臨むらしい。
理由の無い金銭のやり取りなどは特に警戒をしているようだ。
そういえば、スポンサーは欲しそうであり、要らないという態度でもあったな。それが原因か。
少し調べてみると、若宮という別の大学に勤める教授が金属への塗装関連で特許を持っていて、そこに数名の協力者がいた事が記されていた。
その中の誰と揉めたかは知らないが、つまりはそういう事なんだろう。
俺はもう、この件に関しては支払いを済ませ、ダンジョンの恒常的な安定を実現できれば、もうそれで良いんだけど。
俺に更なる金を得る権利の欠片が付着しているのは、周囲を巻き込み騒動の種になる。
だったら、さっさと禊を済ませ、そんな事が出来ない状態になりたい。
そういうトラブルは御免だからこそ、俺は山に逃げてきたんだから。
暇つぶしで読んだ、ネット発のラノベ主人公が田舎でスローライフを望んだ気持ちが、少しだけわかる気がした。
俺に騒動を起こすつもりが無くとも、周囲は勝手に騒ぎを大きくする。
そんな事に巻き込まれたくない気持ちは俺にもあるのだ。避けられるトラブルの芽を摘むのには賛成する。
もっとも。
「配偶者となる方なんて、前髪も掴めないけどな」
俺自身に結婚願望が無いわけじゃない。
ただ今はそういう事を考えると、金目当ての銭ゲバ女が寄ってきそうで怖いから、避けているだけで。
女が嫌いとか、女性不信とか、そういうのじゃないんだ。
俺にまともな結婚ができるのかと考えると、暗澹たる思いが胸の内に湧く。
名前を隠し、適当なところで引っ掛けた方が良いかもしれん。
……ラノベ主人公どもは、田舎に引っ込もうがどこからともなく現れる美女を篭絡し、ハーレムを作るチート野郎だったか。
俺のように本気で田舎に引っ込めば、そんな出会いなどどこにも無いというのに。
やっぱり連中とは相容れない。共感出来ん。
ラノベ主人公は、モテ野郎は敵だ。
最後の最後で心に手酷いダメージを負った俺は、どこかに出会いは落ちていないかと肩を落とした。




