妨害工作①
「ダンジョンの入り口が消えるという普段はありえない危機的状況。この場合は正常な判断が下せず、心神喪失の状態にあると考えられます。
つまり彼らに責任能力はなく、無罪であると主張します」
「同種同様の状況が過去にあり、当時も有罪となっています。
また、オーガのいるエリアに足を踏み入れた時、彼らが一文字さんを襲撃して食料などを奪おうとしていた記録もあります。
これは犯罪計画であり、責任能力を喪失していると言い難く、彼らに情状酌量の余地はありません。
何より、MPKを犯罪として定めているのは、MPKの被害者だけでなく、MPKの行為者を出さないためのものです。
ここで彼らを無罪にすることは冒険者の行動に悪影響を与え、より危険な状態に陥るものと考えられます」
MPKをした奴とかその身内が異議申し立てをする事は、よくある。
ただしその殆どが「本当にそれはMPKだったのか?」を問うものであり、今回のような「MPKしたって、仕方がないじゃない」ではない。
MPKをやったと認めた段階で無罪になるのは有り得ず、MPK禁止が法で定められてから、奴らのようなのは有罪になるしかないのだ。
にもかかわらず、遺族は無駄に抵抗している。
「あの遺族らは、利用されているだけですね。本気で裁判に勝とうという意思が見えません」
ベテラン弁護士がそう言えば、若手弁護士は苦い顔をする。
「時間稼ぎ、でしょうね。何をするのかは知りませんが、一文字さんを裁判で拘束したいんでしょうね」
「一文字さんは、ロボットのテストパイロットでしたね。もしかすると、同業他社の妨害工作かもしれません。
あとは会社のイメージダウンを狙っているのかもしれませんね」
本気で、面倒くさい。
裁判の大半は弁護士たちに任せているんだけど、どうしても俺が出張らなきゃならない部分があるので、それに手を取られる。時間を割かなきゃいけない。
弁護士に全権を委任しても俺が定期的な状況確認をしないといけないし、手間でしかない。
「この裁判だと控訴は棄却されるので、何年もかかる事はありませんが……御手を煩わせて申し訳ありません」
「いえいえ。皆さんの責任ではありませんから。
それよりも、仕掛けてきた連中に一泡吹かせてやりましょう。そこはもう、ガツンとやっちゃいましょうよ」
「そうですね。ええ、お任せください」
今回の件には、ほぼ確実に黒幕がいる。
理由は知らんけど、目の前の裁判はただの通過地点で、本当の戦いはその先にある。
俺への嫌がらせか、それとも企業利益の追求か。
馬鹿な事に協力した遺族にも容赦はしないが、唆した黒幕も叩いてやるよ。
コスト度外視で、後悔させてやる。
MPKは殺人未遂に相当するため、俺と和解し見逃された遺族は大丈夫だけど、法廷で争った連中は「殺人犯の身内」という扱いになる。
酷い話だが、そうなるとまともな就職は期待できなくなり、本人がいくら努力しようが公務員になったり、大手の企業には就職できたりはしない。
日本は犯罪者の身内に厳しい社会なのだ。
それに加え、有罪判決が出るという事は、賠償責任が発生し、金銭的にも負担がのしかかる。
彼らの今後の生活はかなり厳しいものになるだろうが、こちらの温情、差し伸べた手を払い除けたのだから、それぐらいのペナルティは当たり前である。
では、そんなペナルティが課せられるとして、彼らはどうしてこんな事をしたのか?
思考を放棄したか、それ以上のメリットがあるからに決まっている。
身内が死んだのだ。近くにいた俺に対する恨み辛みは確かにあるだろう。憤りをぶつけるとしたら、俺ぐらいしかいないのだから。
感情論は理性など置き去りにして、人に馬鹿な行動を取らせる。
ただ、恨み辛みだけで動くとしたら、ここまで計画的に振る舞うだろうか?
それなりに出来る人もいるんだけど、実際に会って話をしてみた俺としては、彼らの行動は感情に支配された人間のやり口とは思えなかった。
直感だが、遺族には操り人形という印象を持っている。
唆した黒幕がいるとして、どうやって遺族を動かしたのか?
単に、怒りを正当化して、嫌がらせのやり方を教えただけなのか。
多額の報酬を提示されたのかもしれないし、その後の生活の面倒を見るような約束があるのかもしれない。
今回は金銭的な報酬があったという前提で、俺たちは彼らを監視する事にした。
金の動きが一番わかり易いからね。
さすがに直接金銭のやり取りをするほど迂闊ではないだろうが、口座振込とかされれば確実に送金元を辿れる。
そうすれば、黒幕も簡単に見つかるだろう。
……現金手渡しだと、相手を調べるのはかなり難易度が上がるので、そうならない事を祈るよ。




