変異オーガ⑤
光織が戦線を離脱し、4対2が3対2になってしまった。
それでも頭の中で手札を組み合わせ、机上の空論でも勝ち筋までの道を定め、覚悟を決める。
「すまん、無茶を頼む」
「光織姉さん……天獄で、見守っていてください」
「何か、字が違う気がする!」
「……そもそも、光織は死んでないからな?」
俺は大雑把な計画を二人に話し、出たとこ勝負の賭けに出た。
覚悟は決めたが、気合は適度に抜けている。
そしてついでに。
「≪床抜き≫」
作戦開始の合図として、ボスオーガの足元に深さ4mの穴をあけ、二体とも大部屋にご案内、だ。
今なら大サービス、穴掘りで除けられた、岩塊も付いて来るよ!
このダンジョンは、洞窟タイプだ。
岩むき出しの壁と床、そして天井で出来ている。
大事な事だからもう一度言うが、レンガや石材などではなく、ダンジョンを構成しているのは岩なのだ。
「生コン、プレゼントだ。≪岩砕き≫≪集水≫」
岩を細かく砕き、水を足せば、コンクリートモドキとなる。本当は混ぜ合わせてやりたいのだが、そんな余裕はないので砂に水を足しただけである。
できたものはコンクリートそのものではないが、沼に嵌ったような状態になり、身動きするのも大変になる。少なくとも穴に嵌っている間は、素早い動きができなくなったはずだ。
この段階で、俺の魔力は空みたいなものだ。
身体能力の強化は続けているけど、あと10分かそこら持てばいいだろう。
それまでにボスオーガを二体とも倒せなければ、リセット不可のゲームオーバーだ。
ボスオーガはコンクリートモドキの中で暴れまわっている様だが、すぐには出てこない。
落ち着いて行動すれば脱出手段など簡単に思いつくものなのだが、それは当事者ではない、第三者だから言える事。
いきなり落とし穴が足元にできたかと思えば、岩塊が頭上から降ってきて、落ちてきた岩塊が砂になった上に水没と、情報の整理をする間もなくたたみ掛けられてしまったのだ。
多少は経験を積んでいても、これをやられた側が落ち着いて行動するのは難しい。
六花と晴海はそんなボスオーガを槍で突き、穴の縁に手を置こうものなら、その手を切り落とさんと苛烈な攻撃を仕掛ける。
そうやって俺たちが攻撃していれば、ボスオーガといえど穴から出るのは難しい。
だったら最初からやれと言われそうだが、これまでやらなかったのには訳がある。
敵の数が多いと穴に落とすのが大変という、数の問題というのもあるけど。
「ヤバい、気が付かれた!」
ボスオーガの身体能力をもってすれば、穴の底でしゃがんで、大きくジャンプすれば楽に出てこれるのだ。
そして、それを防ぐ事など、俺たちにはできない。
大砲の弾とそこまで変わらないのだ。デカブツの大ジャンプに下手な手出しをしようものなら、まず間違いなく出した手の骨が折れるだろう。
だから、俺たちが手出ししないのは変ではないと誰でも思う。
ボスオーガが同時にジャンプしたのを見て、俺は笑う。
……計算通りだ。
この二体は、同時に空中へと躍り出た。
魔法を使えないボスオーガが、どちらも足場の無い空中にいる。俺はこの状況を狙っていた。
「六花!! 晴海!!」
大事なのは、敵に回避能力が無い事。
こちらが狙ったタイミングで、狙った位置に攻撃を置けることが大切なのだ。
同時にボスオーガ二体を倒そうと思うと、それぐらいはやらないといけない。
六花と晴海は俺からこの展開を聞いていたので、名前を呼ばれる前には動いていた。
バトルクロスを脱ぎ捨てた、右腕の無い六花は左腕で、晴海は右腕で、ナックルバンカーの構えを取った。
このまま撃ち抜いても、能力で衝撃を吸収されるだけ。無駄撃ちとなる。ボスオーガは倒せない。
だが、やる。
だから、俺が足りない部分を補う。
俺が二体のボスオーガを同時に攻撃できる中間点に移動した。運良く、そこはちょうどボスオーガの背中に攻撃が届く位置であった。
あとは能力を使わせるため、それぞれに背骨に刃が届くような一撃を放つだけ。
二体同時攻撃という事で、慣れない二刀流。両手にそれぞれ剣を持っての攻撃だ。どうしても一撃が軽くなる片手持ちの剣撃を補うように、残った魔力は身体能力の強化に回して使い切る。
脳みそや心臓を潰せなくても、背骨をへし折れば、だいたいの敵は殺せる。
だから、ボスオーガは能力を使い俺の攻撃を防ぐしかない。
そのうえで、六花と晴海の攻撃を自身の腕でいなしてしまえば、ボスオーガの勝ちである。
ボスオーガの背後にいる俺の攻撃は能力で防ぐしかなかったが、六花と晴海の攻撃は側面であり、正面ほどではないにせよ、ボスオーガの技量なら普通に防げる位置関係だった。
だから、あとは賭けである。
俺の攻撃が防がれるだろう事は想定内。
そこから二人の攻撃が通るなら、俺たちの勝ち。
二人がどちらか片方でもボスオーガを仕留め損ねれば、俺たちの負け。
分の悪い賭けであったが、それでも成功する可能性はゼロではなく、勝ち目のある勝負のはずと信じた。
俺の剣。
六花と晴海の拳。
それらがボスオーガと重なるほんの一瞬前に。
ドン、という爆発音が響く。
光織だ。
光織が、残った腕のナックルバンカーを空打ちしたのだ。
予想していなかった場所から響いた爆音に、ボスオーガの意識がほんのわずかに逸れた。
そのほんのわずかな隙間を縫って、二人の拳はボスオーガを捉え、その体を打ち貫いた。




