異常事態⑨
「光織。カウント」
「戦闘開始から2時間30分経過しました。撃破・228体。残・近く範囲内に111体です」
「ふぅ。そうか……」
バトルクロスを着ていない俺の視線は、着ている時と比べて1mも低くなっているので、広間の全体を把握するのが難しい。
そこで俺はレドームを背負った光織に頼んで、戦闘経過時間とオーガの撃破数、そして敵の残りがどれぐらい居るかを聞いてみた。
自分の中でも、結構な数のオーガを倒した自覚はあった。
そうして俺は、敵の「おかわり」がようやく底を見せてきたことに、安堵の息を漏らすのだった。
戦闘開始から、結構な時間が経過した。
ボスオーガは俺たちを休ませないように、雑魚オーガをひたすらぶつけてくる。
その結果が、200を超える戦果である。
正直なところ、今の展開はありがたかった。
身体強化をしながらノーマルな雑魚オーガと戦うだけなら、あと2時間か3時間は無傷でなんとかなる。
この乱戦の中、俺たちが気が付かないうちにボスオーガが参戦して、不意を打たれると厳しかったが、そういった兆候は見られなかったようだ。
今のうちに雑魚を全滅させてしまえば、余計な邪魔が入らない状態でボスオーガと戦うことが出来る。
その時の俺はかなり疲れているだろうが、多数の雑魚オーガとボスオーガを同時に相手取る方が厳しいので、相手の戦術ミスに感謝したい気持ちでいっぱいだった。
もしかしたら途中で戦術ミスに気が付くかもしれなかったが、それでも現状の方がマシである。
ここまで雑魚の数を減らしたのだから、敵が挽回するのは厳しいだろう。
「悪いが、使わせてもらうぞ」
戦闘中、俺の使っていた剣が折れてしまったので、ストーカー冒険者が持っていた武器を魔法で弾き飛ばし、回収する。
使い慣れない剣であっても、折れた剣よりはマシである。連中の武器は結構お高い剣だったらしく、俺が使っていた剣ほどではないが、オーガと戦うのに不足はなかった。
ここまで雑魚オーガを連れてきたのも連中なので感謝はしないが、奴らの遺品は、俺が生き残るために有効活用させてもらう!
「いえ、ここで光織は「死んでないよー」とマスターにツッコミを入れます」
「でしたら六花は、「六花大姉、死亡確認」と宣言します。この場合、あとで生き返っても問題ありません」
「あのねあのね、晴海は、晴海はね、「悪党に人権はない!」って言うよ」
「はいはい。レールガンな妹クローンに、トリオ芸人、魁、ドラまたを混ぜたボケをするぐらいの余裕はあるって事だろ? 分かった分かった」
俺がそういう事をすると三人からコメントが入ったが、疲労でハイになった俺はそのコメントにある違和感に気がつけず、適当にあしらった。
こういうピンチの時は笑う余裕が無くなったり、血に酔ったりする事があるので、適度に笑いを誘う会話をした方が良い。
心に余裕がないと視野が狭まり、思わぬミスをするので、精神的な疲労軽減のためにも会話を取り入れた方が効率が上がるのだ。
このあたりは、会社の仕事と同じである。仕事中も、会話が一切なく全員が集中した状態で静かに作業をするよりも、適度に雑談を交えた方が意外と良い結果を出すものだ。
ああいう静かな状態は、本当に全員が集中しているなら良いんだけど、その半数は周囲が静かにしているから黙っているだけで、実は集中し切れていない人間が多く居るのだ。そして、そういう人は無駄に緊張状態になって仕事に集中しきれず、ミスをする。
それぐらいなら、仕事を適当にやらない程度の雑談でリラックスさせた方がマシだと。そういう事だ。
もちろん、あまりリラックスさせすぎると作業者がだらけてしまうので、適度な引き締めもしないといけないんだけどな。
「敵、残り50体です」
そこからしばらくして、光織がオーガ討伐マラソンのゴールが近付いていることを告げた。
俺の魔力は残り2割と心許ないが、それでもボスオーガと戦う余力はなんとか残っている。
途中、晴海が捌ききれなかったオーガの攻撃を俺が手を出し肩代わりするというアクシデントがあったものの、そこはポーションでリカバリーしたので、俺的に問題は無かった。
俺の怪我はポーションで治せるけど、晴海の体はポーションじゃ直せないからな。
トータルで考えれば、俺がダメージを肩代わりする方が効率的なのだ。
雑魚オーガの攻撃を受けるなど失態だが、300どころか400を超えるオーガの相手をしたのだから、完全に無傷で済むと考える方が甘いのである。
イレギュラーはゼロには出来ないのだ。
敵の密度が減ったおかげで、低くなった俺の視界でも、雑魚オーガの隙間からボスオーガの姿が見えるようになってきた。
敵は、残り、わずか。
ここが踏ん張りどころである。




