異常事態⑧
全魔力のおよそ3分の1で、1体のボスオーガを倒す。
単純に考えるとかなり効率の悪い話だが、序盤から敵の圧力を減らすという意味では、かなり有用な戦術である。
たとえレート的につり合いが取れないように見えても、ここで敵の数を減らし、圧を弱めれば、その分だけ中盤や後半が楽になる。
時間をかけて戦っても敵を倒せるのは確かだが、それは他に敵がいないときの最善策であって、今の状況には適用されない。
ここから先は魔力を節約しながら戦う必要があるが、これで序盤を凌ぐ目途がついたと考えられる。
俺は光織たちと合流しようとして――六花が左腕を破壊されているのに気が付いてしまった。
単純に、不味いと思った。
たった4人しかいない俺たちは、その全員が五体満足で戦えなければ、厳しい戦いを強いられる。
たかが腕一本、ロボットで痛覚の無い六花の腕ぐらい気にしなくても良いじゃないか。
そんなふうに軽く言えるほど、現状は甘くない。
「六花、変われ!」
それを見た俺の決断は迅速だ。
俺は六花の近くまで走ると、すぐにバトルクロスから降りて、六花に交代するように言った。
バトルクロスはその前身であるリビングコートのように、六花たちなら思考制御が可能になっている。
ロボ繋がりで、機械的なリンクの接続で操作できるのだ。
これなら六花が失った腕の分を補える。総合的に見て、戦力ダウンにもならない。
乗り替わるタイムラグがマイナスだが、そこはここから挽回すればいい。
「俺に合わせて調整してあるが――いけるな?」
「イエス、ボス!!」
バトルクロスは俺が使う事を前提に調整してあるので、六花が使うのには、やや向いていない。
しかし、そこは六花も慣れたもの。多少の誤差など、少しの慣らし運転ですぐに合わせてくる。
ほんの少しの、1分にも満たない時間でスイッチは成立した。
しかし。
「こちらの準備が整えば、相手も準備を整える、と」
その間に、ボスオーガたちも戦列を整えていた。
ボスオーガの7体は入り口付近に陣取り、見物の構え。
その前に、広場の中央にはおおよそ100体のオーガの大群がすらりと並んでいる。
バックアタックを警戒してか、ボスオーガの後方にも数体のオーガが控えていて、油断の欠片も見受けられない。
これが対人戦であれば、一当てしてから正面にいる連中の不安を煽り、後ろに控えるボスオーガへの不信感を植え付け、場を混乱させるのだが。死をも恐れぬモンスター相手では、心理戦を仕掛ける意味が無かった。
つまり、雑魚オーガ100体をすり潰したあとに、ボスオーガをぶっ飛ばせばいいわけだな。
オーガメイジを先に倒しておいたので、遠距離攻撃が無いのは助かるよ。
一度戦闘が途切れたからか、俺たちとオーガは静かに睨み合いをする。
「う、うぅぅ……た、助けて……」
壁際からは、呻き声。
まだ死んでないゴミクズが無様を晒しており。
ほんの少し。
ほんの少しだけ意識がそちらに向かった瞬間、雑魚オーガたちがこちらに向かってきた。
ボスオーガは、俺を消耗させる作戦に出た。
雑魚オーガといえど、戦えば消耗するし、疲労が蓄積する。
それを100体以上というのだから、確かに雑魚が居なくなったあたりで、俺はまともに戦えないぐらい疲れ切っているかもしれない。
ただ、逆に考えると、先に雑魚を殲滅しておけるので、後顧の憂い無くボスオーガと戦えるかもしれない。
多少疲労していようと、ボスオーガだけに集中できる状態で戦えるのは、素直に助かると思う。
あとは魔力を節約しながら戦って、魔力切れなんていう初心者のようなやらかしをしないようにだけ注意すればいい。
「どっ、せい!」
ここは壁際近くで、六花と晴海がオーガメイジを倒した周辺であり、俺も色々とやったから、足元に色々と落ちている。
俺はボスオーガ戦の最初に投げつけたバトルクロス用の剣を拾うと、全力でボスオーガ目掛け、投げつけた。
開幕投擲はさっきもやったが、敵の数が多く弱い事で、今度は8体の雑魚オーガに致命傷を与えた。
数が多いと逃げ場が減って、こういう時に回避行動が間に合わなくなる。
数が多ければいいってものじゃないと、状況と仕事量に合わせた人員配置をしやがれと、俺はそれを口に出さず、もう一度オーガたちの前に至るのであった。




