異常事態⑦
前方のボスオーガと、後方のオーガの大群。
敵に囲まれた状態。
状況は最悪一歩手前だ。
こちらにとって有利な点は、奥で戦っている光織たちだ。
あの三人がオーガメイジを倒してくれれば、状況はかなりマシになる。
「優先順位の設定」
今もボスオーガとの戦闘中なので、冷静さを失わないように、考えを声に出しながら「次の行動」を導き出す。
「最優先。自身の命、ダンジョンからの脱出。次点、光織たちの安全。バトルクロスの回収」
当たり前だが、俺は死にたくない。
よって、自分の命が最優先なのは間違いない。
そして仲間である光織たちだって失いたくないので、仲間の安全を次に考えるのは当然だ。
その後に優先すべきは、バトルクロスの回収となる。こいつだって生きているわけだし。死なせるのは惜しい。
逆に、ここに来た連中の事は完全に意識から外す。
死のうが怪我をしようが、俺が気にするべき事ではない。冒険者が自分の意志でダンジョンに入ったのだから、何が起ころうが自己責任である。
「鉄則。
敵集団には囲まれるな。
下がり過ぎるな。三歩後ろを意識しろ。
守るものと、棄てるものを履き違えるな」
敵集団に囲まれた時、壁を背にして戦うというのがあるが、それは半分正解で、半分間違いだ。
壁を背にすれば下がることができなくなるので、戦いの中で採れる選択肢がかなり減る。背水の陣にならないよう、心の余裕のためにも、壁際から三歩前に出るぐらいでちょうどいい。特に、長柄の武器を使う時は後ろの空間が無いのは致命的である。
あとは自分を過信せず、出来ない事を出来ないと認め、優先順位を履き違えない事を意識する。
出来ない事があるのは当たり前なのだ。
何でもできるなどと思わず、色々と見捨ててしまわない事には己の命を失いかねない。
それは本当にどうしようもないのであれば、自分が死にたくないのであれば、光織たちを見捨てるという事。
それができずに、無駄に迷えば、俺は無駄死にして光織たちを生き残らせることもできなくなる。ダンジョンから帰る手段を失ってしまう。もしも最優先で光織たちを生き残らせたいなら、最初からその様に優先順位を設定するべきだ。
今は俺自身の命を優先すると決めたのだから、そのために迷わず動かなきゃ、何も成せなくなる。
あ? ストーカーでトレインしやがった連中?
あいつ等なんて、救う価値なんて無い。モンスターに何をされようが無視をするよ。
今のピンチはあいつらのせいなんだからな。
今の俺の行動目標は、とにかく目の前のボスオーガどもを突破して、奥にいる光織たちと合流する事だろうか。
後先考えず速攻でオーガメイジを倒し、壁際近くの回り込まれない位置に陣取り、堅実に数を減らしておく事だろう。
「来るな! 来るなぁっ!!」
「だから僕は嫌だって言った……へぶ!」
あまり時間は無い。
さっさと突破したいんだけど……。
「か、金ならある! だから助け!?」
ボスオーガは防具を装備しているので、非常に戦いにくい。
革製の防具と言うと、あまり強くないように聞こえるかもしれない。ゲームであれば、序盤の防具だ。
しかし実際に相対してみれば、これがかなり厄介なのだ。
刃物を打ち込んでも、革特有の固さと弾力で刃を押さえ込み、その侵入を防ぐ。ここにオーガの筋肉という鎧が加わると、防具の上からダメージを与えるのは至難の業である。
そして防具で守られていない顔などは、相手もそこが弱点と理解している。武器や盾を使い、確実に防いでくる。
「あ、あははは! これは夢、夢なん……」
仕方がないので、多くの魔力を用いた攻撃魔法の準備に入る。今は短期決戦スタイルでボスオーガの数を減らさない事には何ともならない。
これをやると、その後の長時間戦闘に支障が出そうな予感もあるが、それ以前にこいつらとグダグダと戦っていれば、それが理由で死んでしまう。
先を見据えたペース配分も大切だが、目の前で振り下ろされる死神の鎌を潜り抜ける方が先決だった。
「貫け、爆ぜろ! ≪ブレイン・ボム≫!」
俺はボスオーガの攻撃を力任せに弾くと、針状に圧縮した魔力を敵の目に向けて撃つ。
相手は攻撃を弾かれた反動でそれを防ぐこともできず、撃ち込まれた魔力の針が頭蓋骨の中で爆ぜ、一発でその命を奪った。
こんな攻撃魔法があるなら最初からやれと言われそうだが、この魔法は消耗が激しいので、そこまで乱発できないのだ。
できて、あと二発。そしてその二発を使ってしまえば、あとは身体能力を強化する魔法すら使えず、詰んでしまう。
今の一発だって、俺の継戦能力を大きく損なうほどなのだ。これが乱発できるなら、とっくにやっている。
目の前の一体が消えた事で、俺の視界が開け、光織たちまでの道が見えた。
見ればサポートに回った光織はともかく、六花と晴海がオーガメイジを倒したところだった。
これで、ボスオーガは10体中3体を倒し、残り7体。
俺が魔力を大きく消耗した事を除けば、ほんの少し、生き残られる希望が大きくなった。
俺はこぶしを握り締め、死んでたまるかと気合を入れ直した。




