異常事態②
2日分の水と食料はある。
しかし計画的に飲み食いしないと、あっという間に無くなるだろう。
付け加えると、時間が解決してくれる可能性に賭けて、2日分の食料を5日分に配分し、水は最後の手段でどうにか賄うといった荒技もある。
それは本当に最後の手段だし、避けられるなら避けたい手段なので、あえて選択肢から外す。
どうせ死ぬなら前向きに、だ。
人としての尊厳を捨ててまで延命したのに無駄だったとか、そんな事になったら死んでも死にきれんからな。
「……気持ち、オーガが強くなった気がする。
あと、出現位置が早くないか? 前は、もうちょっと奥から出てきた気がするんだけど」
ダンジョン奥に向かうと、オーガが出迎えてくれた。こちらを歓迎するため、今朝よりも筋肉が盛り上がっているように見える。
こちらも出迎えに感謝の意を示し、脳天を槍で貫くという返礼を行った。頭に大穴を空けたオーガは、黒い魔力の霧となって消えていく。
オーガたちにこの返礼は喜ばれたようで、我も我もと集まってきたのには困ってしまうね。お土産のトレジャーボックス、もう持ちきれないほどもらってしまったよ。
冗談は横に置き、思ったよりもオーガが出てくるのが早かった。
昨日の今日なので、本来オーガが出てくるのがどの辺りからというのは俺の体感で分かるし、光織たちならデジタルにそれを判別できる。
つまり、事実として「中層」と「奥地」の境目が変わったようだ。
加えて、オーガは今朝より明らかに強くなっていた。
バトルクロスのデータを参照すると、脳天を貫く時、腕や肩に掛かる負荷が5%も上昇していた。
これまでが弱すぎただけなので、普段の強さに戻っただけなのだが……。
「オーガの弱体化と、復調。
ダンジョンのモンスター分布の偏りと、今回の異常。
まぁ、どう考えても関連性があるよな」
そこまで推測ができても、そこから先に繋がらない。
関連性は確かにあるのだろうが、そこから「どうやればダンジョンから脱出できるか?」という答えが導けない。
これが及川教授や四宮教授であれば別の角度から思考を行い、真理を導き出せるのかもしれないが、凡夫の俺にそんな事が出来るはずも無い。
俺の頭の出来は、そんなものであった。
「構造が変わってないのは助かるんだけど……」
オーガの処理をしていると、後方に人の気配がした。
おそらくも何も、他の冒険者の集団が俺の後を付けているようだった。
俺のようにダンジョン奥に行けば打開策があるかもしれないと考えたが、実力的にそれが難しい連中で、だったら俺の後を付けていけばまだ安全だろうと考え、実行していると思われた。
「10か、11人だな」
足音や気配から、俺を付け回しているのは、そこそこ大きめの団体さんだという事が分かった。
実害が無いうちは見て見ぬ振りをしても良いけど。それもどうなんだろうなと思う。
今は大丈夫でも、こちらがピンチになれば、強盗に早変わりするかもしれない。リスクを考えるなら、ここで追い払った方が良いだろう。
ダンジョンでのストーキングはノーマナーだし、平時であれば、こちらの言い分が正しいんだけど。こういった非常時では、そういったマナーが機能しなくても仕方がないと見なされるだろうから、付いてくるなと言っても無駄だという考えもある。
俺は生きて帰るつもりだから、あまり無体を働くわけにもいかない。
脱出できたらテレビの取材に出るだろうし、「緊急時には生存者が協力し合うべきだ」なんてお花畑論で炎上したくもないんだよな。
それを踏まえると、無視が一番まともな選択か?
声をかけて相手を認識してしまえば、彼らに何かあった時、俺が助けなきゃいけなくなるかもしれないから。
声をかけさえしなければ、何かあっても連中の自己責任、だよな。
俺が罠にかけるわけでも無いんだし。
敵と戦いながら距離を取るのは難しいので、現状維持で良いか。
この先、何も無かった時はどうなるんだろうか。
最奥に行けば何かあるかもしれないというのは、俺の中では確証も何も無い可能性の一つだ。
無駄足になる可能性だってあるから、一縷の希望に望みを託した彼ら、彼女らはどんな反応を見せるだろう?
見せかけの希望が潰える時、俺は八つ当たりの対象にされやしないだろうか?
最悪を想定すると、ダンジョン内で、人間同士で殺し合いをしなきゃならんわけだよ。最悪だ。
強さが元通りになったとはいえ、俺にとってオーガはただの雑魚モンスターである。
「あー。連中、後ろからオーガに襲われないかな。それなら楽でいいのに」
俺はオーガを倒しながらも、オーガ以上に厄介な敵をどうしようかと、頭を悩ませるのだった。




