冒険者ギルドの事情②
楽しい雑談の時間にも、終わりはやって来る。
頼んだかつ丼を食べ終えれば、交渉の時間だ。
「単刀直入に言います。冒険者ギルドに再登録をしませんか?」
竜胆さんは、最初にそう言った。
「一文字さんの事は存じています。
かつて理不尽なパーティ追放をされた直後に大金を得て、冒険者稼業を続ける理由がなくなったため、引退した事は知っています。
ですがそういった事情を加味しても、我々ギルドは一文字さんに利益をもたらすパートナーであり続けられると確信していますよ」
そうして続けた言葉は、こちらに対する配慮の無い、かなり失礼な物言いだった。
こちらを怒らせ、わざと反論させたいかのような、傷を抉る言葉で台無しにしかねない言葉選びである。
ここまでの雑談で得た好感を全て無にする発言は、頭のいい人間ならまずやらないだろう。
そこで俺は、発言の真意を見極めるように口を閉じ、手で口を隠すようにして発言の続きを促した。
竜胆さんは俺の態度もなんのその。俺がまだ口を開かないと見ると、まだ余裕のある顔で説明を続ける。
「ダンジョンに潜られたのでしたら気が付いたでしょう。現在、このギルドにはダンジョンの奥にいるオーガを倒す戦力が不足しています。
我々が求めるのは、オーガを定期的に倒せるような戦力です」
語られた内容は、簡単ではあるがギルドの現状と、こちらへの要求事項。
おそらく、俺に支払う対価の基準を設定させるためだ。
俺の頭の中で要求水準を明確化し、交渉が成立しやすいように誘導するつもりなのだろう。
定期的というのがどれぐらいのスパンで、倒すオーガの数がどれぐらいかはっきりしないうちはなんとも言えないが、それだけの情報でも元冒険者として大体の基準は思い付くからな。
「今回、オーガを狩りに来たのは、ただの実験です。普段攻略しているダンジョンには居ませんので。
ここに来るとしても、あと数回。定期的に来る予定はありません」
そういうわけで、まずは牽制。
どんな理由かは知らないが、最初にこちらを不快にさせたのだから、断る事を前提に話を進める。
俺が譲歩して定期的に来るとしても、相当高めの対価を要求されるだろうと思わせる、固い態度を見せてみた。
実際問題として、断ったところでデメリットなど無いのだから、多少の利益を提示されても簡単にぐらつく事など無い。
冒険者ギルドへの登録って登録費用がかかるし、維持費もある。それをゼロにする程度の、何のメリットにもなっていない話を振ってきたら、即退室ぐらいの気構えでいられる。
この交渉は、机上で俺にどれだけのメリットを提示できるかを試されているのだ。
報酬のテーブルをわざわざ小さくした対価は、しっかり支払ってもらおう。
あと、そうやって怒らせた後に誠意を見せて、感情の振れ幅を大きくして誠意をより大きく感じさせる交渉テクニックもあると聞くけど、もしもそんな下らない作戦であったら、本気で怒る事になりそうだ。
そうした俺の感情が外に出ていたのか、竜胆さんは余裕のある微笑みを引っ込めて、真剣な顔をした。
「オーガはそこまで強くないとはいえ、ロボット操縦者には荷が重いので、冒険者による討伐が必要です。
それを難なくできる冒険者が、我々には必要です」
何が言いたい?
先ほどと同じような言葉を繰り返された事に、俺は疑問と苛立ちを感じた。
何が言いたいか分からず、察しろと言うには言葉が、情報が足りない。心が冷めて不信感が募る。
「私達職員からも冒険者として攻略に携わっていますが、オーガに挑むには実力不足。旗手が必要なのです
私は、あなたに支部長として、このギルドの旗手になってほしいと考えています」
……話が飛び、ここに来て、更に要求事項が増えた。
嫌な予感もする。
「支払う対価は、この支部そのもの。
ある程度の実績を出していただく必要がありますが、支部長の地位はかなりの利益になります。
彦根支部は黒字経営ですし、支部長の肩書は社会的地位として申し分ないものです。絶対に損はさせません」
うっわ、胡散臭さマックスの提案だ!
初対面の人間にーって、ああ、最初に俺の事を調べてあると言ったのはこのためか。
初対面で初顔合わせとはいえ、こちらの為人を知った上での決断だって言いたかったのかよ!
続けられた言葉は想定外の話だった。
竜胆さんらがどれだけ追い詰められているかは分からないけど、言葉の端から本気度が見えて、嘘ではないと直感で理解する。
ああ、いや。
こうやってトンデモない話をする事でこちらの思考を揺さぶり、冷静な判断を下せなくする作戦なのか!?
本気にされても問題ないけど、上手くすれば譲歩を引き出せるかも、的な。
ぐらつかないと臨んだ交渉の席で、俺はアッサリと冷静さを崩された。
悔しいが、相手の方が一枚上手である。
ならば。
「お話はわかりました。
この件は、お引き受けしかねます」
戦略撤退を行い、立て直しを図らねばなるまい。




