動画の考察対策
ネット上での評価は、全体的にネタ枠という扱いだけど、それでも物の完成度を冷静に評価する動きはある。
『足のパイルバンカーだけど、本来は別の使い方をするんじゃないか?』
『外骨格型のパワードスーツだけど、ダメージを一回か二回は肩代わりできるって言うなら、使っても良いかも』
『デカい相手なら活用できそうだな。パワーがありそうだ』
そういった細かい考察をするのは、大手の掲示板の中でも専門職が集まるところ。
実際の性能を推測しつつも、それがどのような技術によってなされているか、その性能をどう活かすかの議論を行っている。
一般的な評価を覆すような影響力は無いが、ちゃんと評価されている事に胸をなで下ろす。
「及川教授。こっちのサイトでは他のロボットとの性能比較がありますけど、わりと好感触ですよ。
……値段以外は」
ネットの評価をサーチする部署を立ち上げるまでは、手の空いている人が分担して調査をしていく。
これは今後も工場の仕事が暇な時に割り振る、ちょっとした隙間作業になりそうだな。
こういった業務も、ちゃんとした、会社がお金を出す作業にしてしまおう。手空きの人を遊ばせない仕事は、いくら有ってもいいものだからな。
俺はネット上で見つけた高評価をまとめ、及川教授にレポートとして提出する。
すると、及川教授が難しい顔をした。
「何か問題でもありましたか? こちらの開発意図を汲み、鋭い意見も出ているので、レベルの高い人たちが正当な評価をしてくれたと思うんですが」
「初期から期待値を高くするのはあまり良くないのですよ。今後に期待される性能が、『この程度だったか』と思われるより、『期待以上の性能だな』と思ってもらいたかったのです。期待値が高いという事は、開発期間も短く考えられる物なのですよ。
これは、売り方も含め、計画を見直さないと拙いかもしれませんね」
今の段階での高評価は、及川教授的には良くない結果だったらしい。
まだまだ商品にならないバトルクロスとパイルバンカー装備。さっさと売りに出せという圧力をかけられないように立ち回る予定だったようだ。
「まだ小さいサイトでの話ですし、全体の流れに影響は出ないと思いますけど」
「こういった事はですね、二回、三回と回数を重ねるごとに積み重なっていくのですよ。それら下積みが重なって、一気に大きな流れに変わるんです。
ハインリッヒの法則と同じですよ。事故も、動画のバズも、小さな芽を放置していれば何れ起こる事です。“大丈夫だろう”を過信して良い事なんてありませんよ」
ハインリッヒの法則は、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300のヒヤリ・ハットが存在するという経験則だ。
なら、こういった小さなサイトでの考察がたくさんあれば、そこそこ規模のサイトでもいくつか取り上げられ、いつかバズるという事だろうか?
……なんか違う気もするけど。
及川教授は、今の段階で正しい情報が人目に付くのは避けたい様子であった。
あくまで、今はネタ枠として周囲の評価を得ておきたいと考えている。
と、言う事は?
「それ、次回以降の動画で、さらにネタを投下するとか、言いませんよね?」
「残念ですが、そのつもりです。ドリルナックルを始め、他の装備も公開してしまいましょう。
戦闘用としてではなく、重機としての運用を印象づけ、その流れに誘導します」
「それは、逆効果になりませんか?」
「こちらのサイトでは真面目な考察をされていますから、そこにつけ込むには、非戦闘用という流れの方が良いのですよ。
それならば現行の搭乗型ロボットの方が有利であると、パワードスーツへの評価を下げる可能性が高くなりますので」
ネタ装備の実演映像を今後もやれというオファーが来た。
バトルクロスが重機扱いで、大工事時代な重機ロボをやれという事だろうか? テツグンテかよ!
そういった運用はできなくもないし、イギリスのような、ダンジョンに造船所を作るような国であれば需要はあるかもしれないけどね、それは無茶ってものではないだろうか?
「一文字さんが指摘するように、重機の発展型という位置づけになるでしょうが。それなら、パワードスーツのような着用型よりも、搭乗型や遠隔操作ロボットの方が使い勝手が良い事もあるでしょうし、そちらに開発力が回されるでしょうね。
可能であれば、ネット上への書き込みで誘導できれば良いんですけれど。ここは四宮さんのAIをお借りするのが良いかもしれませんね」
及川教授は、相手の深読みと世間の様子、そこから生まれる商機の一つを使って周囲を動かすつもりのようだ。
パワードスーツを作らせないために、他の物を作りたくなるよう、情報操作をするようだ。
なんか本格的に情報戦を仕掛けようというつもりなのか。俺はあまり好きではないが、ボットのようなAI使用も視野に入れているようだった。
なんか、策士策におぼれる、裏目軍師という言葉が頭をよぎった。
及川教授って、いくつもの大成功を収めている割には、どこかで大きく失敗するイメージもあるからな。
なんか、今回は失敗する方に天秤が傾きそうだ。
「あんまり手を出さない方が、賢明という気もしますけど。動画の投稿ペースは少し抑え気味の方が良いと思いますし、書き込みはスレが加速した分だけ注目されるようになるので、そちらも控えるべきじゃないですか?」
「一理ありますね。
周囲がこちらの思惑に嵌まってくれるとも限りませんから、動画投稿はしますが、積極的には動かない方向で行きましょう」
なので、口を挟んでちょっと抑えてもらうように頼んでみた。
これが吉と出るか凶と出るかは分からないし、結果論で揉めない事を、俺は祈るのだった。




