寄り道:謎の結論
ある程度強力な装備を持つパワードスーツを作ろうと思えば、各種装備の重量合計は凄い事になる。
そんなパワードスーツを身に付ければ、動きが重くなった挙句制限されて、着ない方が強いといわれる事になるだろう。
だから、パワーアシスト機能で動けるようになれば生身と同じ感覚で戦いながら、強力な装備を使えるようになる。上手くやれば、生身よりも高いパワーを発揮できる。
そういった、装備するメリットを提示できなければ、パワードスーツを作っても自己満足に終わるわけだ。
一応だが商業ベースに乗せるつもりでパワードスーツの開発しているので、ただロマンを追求したものでないと、証明せねばならない。
俺たちは、「ダンジョンで戦うための装備」を作っているのだ。
玩具を作っているのではない。
「しかし、ですよ。いくら良い商品を作ったとしても、売れるとは限りません」
パワードスーツは、完成度がまだ商業的なレベルに達していない。
現在は欠陥品というか、試作品の試作品といった、売り物にならない状態である。
「商売で一番必要な物は、知名度です。知ってもらえなければ、売れないんです」
今すぐ売りに出す訳ではないが、いずれはパワードスーツを売りたいと考えている。
少しぐらいは投資した資金が回収できたらいいなとか、そんな温い考えではなく、ヒット商品になって欲しいとか、そんな野望を持っているのだ。
これは大儲けしたいとかそういう理由ではなく、自己顕示欲、承認欲求といった感情だ。
他がやっていない分野に挑み、世間をあっと言わせてみたい。
最初はダンジョン攻略中に感じた不便などを解消したかった、面白そうだから始めてみただけだったが、色々とやっているうちにそう考えるようになっていた。
「前回の事件で、少しだけ知名度が上がりました。しかし、はっきり言って、わが社とパワードスーツの存在はまだ地味です。世間へのアピールが足りません。
いいですか? 多少の情報流出を許容してでも、知ってもらう事の方が大事なんです」
「いやいや。それはもう少し先の話じゃないのかね? 最低でも、雛型ができるまでは情報を隠しておくべきだと思うのだよ」
「もう、開発している事を知られてしまいましたからね。だったら、あとはもう時間の問題ですよ。
我々は早い段階で情報を公開し、自社で製品を開発していると世間にアピールしないと、他の後追いや猿真似扱いされてしまいます。
そうなってはもう挽回できません。大手よりも早く動かないと、情報戦で戦わずして負けます」
そう思っていたんだけど、少し風向きが変わった。
ちょっと前に、パワードスーツを勝手に使った馬鹿が、事故を起こしたのだ。
その結果、冒険者用パワードスーツの情報が周囲に漏れて、じっくり時間をかけて作ることができなくなった。
動くかどうかは分からないが、大手企業が同じ事をしないとも限らないからだ。
大手企業がこの分野に進出すれば、中小企業でしかない我々なんて、あっという間に追い抜かれてしまう懸念がある。
実際にそうなるかどうかは知らないけど、何かあってから慌てて泥縄を結ったところで間に合う訳がないのだ。
だから、先手先手を見越した行動を取らねばならない。
「しかし、情報公開と言っても。公開できるほどの完成度じゃないと思うんだけど」
「未完成品しかない現段階でも、人の注目を集める手段はあります。
一文字さんはテレビ番組を見ていますか? タレントが村の開拓や干潟の整備をする、あの番組を知っていますか?」
「それは……って、まさか!?」
パワードスーツに限らず、何を売りに出すにしても、最低限の形ができていなければ情報公開などしても意味が無い。
「こんなものを作っていますよ」とアピールしても、何年もそんな状態が続けば詐欺扱いされてしまうので、どちらかと言えばリスクが大きい。
他の企業にマウントを取るため、してもいない開発情報で「ウチの方が先に研究を始めていましたよ」アピールをしていると思われかねないからだ。
だが、及川教授はニッコリ笑って大丈夫だと胸を張る。
某人気テレビ番組を例えに、それと似たような事をすればいいと説明する。
「開発の様子を動画にまとめ、会社のウェブサイトだけでなく配信サイトでも公開しましょう。
その動画を観た人の意見を取り入れるのも面白いですね。その流れで、寄付を募る事も出来るでしょう。
視聴者にも開発計画のアイディア出しに参加してもらい、自分も一緒に作っているかのような連帯感を感じられるとさらに面白いですね」
なかなかにエグイ考えを展開する及川教授。
確かに外から見る分には面白いかもしれないが、実際にやるとしたら、それはどれだけの労力が要るのだろうか?
会社への、特に人的な負担は計り知れず、話を聞いていた俺は思わず顔をひきつらせた。
動画編集などは外注するとリスクが大きいため、社内でやらないといけないだろう事が、明白なのだ。たまに、そういった情報を扱う会社が意図せず情報を漏らしまくった事件など、数える気もなくなるぐらいあるのだ。
「そりゃ、大変そうな話だよ」
「はい。動画を作るだけではなく、そこに載せてはまずい情報がないか、精査する必要もありますから。専用の部署を立ち上げないといけませんね」
それだけ大変なのかは、お互いに説明するほど意識の乖離は無さそうだ。
提案している及川教授も、これが簡単ではない事を理解していたのはまだマシな話なのだろうか。
大変だろうがすぐにやらねばならない事だと主張し、譲る様子を見せない。
「最初はこちらで手すきの者を中心に進めますよ。だから安心してください」
こうして、労災から始まるピタゴラスイッチは、なぜか動画配信という謎の結末まで動かしていくのだった。




