寄り道:労災
「馬鹿野郎!!」
パイルバンカー装備のパワードスーツ。
現在、そのテストパイロットをしている俺は、目の前の光景に怒号を上げた。
「テストパイロットでもなんでもない奴が、勝手にパワードスーツを使うんじゃない!!」
目の前で行われていたことは、言葉にすれば簡単だ。
ただの素人が、俺のパワードスーツを着用し、パイルバンカーを使った。
その結果、パイルバンカーの反動で肩の骨が外れて、倒れて痛みに悶えている。
俺はこの惨状を知った同僚の連絡で連れてこられたというわけである。
「チッ! 救急車が来るまでに、簡単な応急処置を行うぞ」
事件が起きてしまった後で何かを言っても始まらない。
今は、目の前の状況に対処するのが先決である。
差し当たってやるべきは、外れてしまった肩の処置だ。
「いいか、絶対に自分たちで嵌めようなんてことは考えるな」
まず、注意事項は「素人の自分たちで骨を嵌めようなどと考えない事」だ。
素人が下手に骨を嵌めようとすると、周辺の神経や血管を傷つけ、後遺症が残るような重症にしてしまう可能性がある。失敗するとポーションの世話になってしまう。
骨の位置が現状から大きく動かないように固定するところまではやっていいが、それ以上の手出しをしてはいけない。
脱臼の治療とは、案外難しいのだ。
「出血は……無いな。患部が腫れあがっているから、保冷剤を持って来てくれ。あと、腕を吊るすから包帯と三角巾を」
俺はやらかした馬鹿が着ているパワードスーツを脱がせ、肩の周りの服を切り裂くと、出血の有無を確認した。
特に血が出ている様子は無く、大事には至っていなかったようだ。運が悪ければ、腕の骨が皮膚を突き破っていたかもしれないんだ。そうならなかった事に安堵の息を吐く。
そうなれば、他にやる事など腕の固定と患部の冷却だけでいい。
救急車は呼んだし、本格的な治療を待つだけだ。
「では、管理体制に問題があったと?」
「ええ。俺以外の人間、メンテナンスに携わる人間でも、簡単に使える状態だったと、今では思います。
せめてロック解除に必要な人間を二人に設定していれば、このような結果にならなかっただろうと反省する次第です」
今回の事件は、会社が開発中のパワードスーツを、興味本位の人間が勝手に使用して、事故を起こした、という事になる。
本件は会社業務とは全く関係が無い案件なんだけど、会社の備品が使われたという事で管理形態に問題があったかもしれない、「不安全状態だった」として労働災害相当として考えねばならない。
久しぶりに、弁護士の先生と話をしている。
残念ながら、労働災害として労働基準局に連絡しないといけないという事で、俺は不本意ながらも労働基準監督署に労災報告をした。
関連サイトで書類をネット上で記入しての提出だ。一昔前は紙の書類しか受け付けてもらえなかったが、今ではネット入力も可能になっているので、まだマシだと自分を慰める。
事件の内容によってはその後の聞き取り調査があったりするんだけど、今回のように従業員が業務命令を無視したような件では、関係者に簡単な質問があるだけで、そこまで大仰な事は聞かれない。
そういう聞き取りがあるのは、労働時間が長すぎたり、パワハラなどが横行しているかもしれない疑いがある職場がほとんどらしい。
……使わずに済むと良いな。この知識は。
会社としては、使用者である俺以外の着用を認めておらず、簡単に持っていかれないように、未使用時などは金庫のようなロッカーに仕舞って管理していた。
そしてパワードスーツの利用者である俺と、改造や調整などで触る可能性がある開発関係者が、そのロッカーのカードキーを持っていた。
俺は着用しても問題無いが、それはパワードスーツが万全の時だけで、そうでない場合は調整中と分かるようになっているか、そもそも電源がオンできないようにされている。
また、俺がパワードスーツを着用するのは運用試験のためなので、複数人での行動が基本となる。パワードスーツを着用しての単独行動はあり得ない。
つまり俺の安全は完璧に確保されている。カードキーの管理もばっちりだ。
しかし開発者は、彼らだけでパワードスーツをどうにかする事もあり、カードキーを持つ誰かが持ち出したとしても、違和感を持たれない。
付け加えるなら、その利用に関しては事前に予定が決まっているんだけど、ちょっとした修正や調整のため、使用などの予定が無く誰も触らない時間帯に持ち出す事が稀にある。
開発者であれば、一人でも勝手に使う事が可能だったのだ。これでは安全が確保できているとは言えなかった。
「ふーむ。一応、鍵付きのロッカーに片付けてあったのを、カードキーを盗んで持ち出し、勝手に使えるような状態だったのが問題ですね。
ずさんな管理状態への、業務改善命令が出ると思っておいてください。その際には、多数の書類を書いていただきますので、先に書類に目を通しておくと良いかもしれませんね」
「分かりました。ご指導、ありがとうございます」
そんな訳で、俺は弁護士の先生と相談し、後始末に奔走する羽目になった。
事故やなんかは、下手に隠すと後が大変だ。ちゃんと既定の方法で関係各所に連絡をして、適切に対処する事で被害を軽減した方がマシだったからだ。
お役所に俺の嘘や誤魔化しは通じないので、そうするしかないとも言う。
いやまぁ、結局、最後は人任せなんだけどね。




