そして、パワードスーツへ④
科学と魔法の融合という言葉には惹かれるけど、そこまで簡単な話ではないし、精々電気の魔法で発電するぐらいしかできない。
他の、もっと凄い魔法使いならそれもありなんだろうとは思うものの、俺にはできないわけで。
俺にそういう事を期待されても困るのである。
「そういった研究はしないんですか?」
「しないと言うよりも、できないかな。魔法関係の研究って、リスクが大きすぎて手を出し辛いんですよ」
魔法と科学の融合というと、俺の使っている魔法陣搭載、魔力式小型溶鉱炉がある。
そういう結果が出ているので、絶対に不可能なものでもない。
ただ、魔法陣の研究で失敗した時は、下手すると死ぬ。研究初期にはそういった事故事例がいくつも報告されているのだ。
「火の魔法陣の研究では、大規模火災が何度も起きたらしいですからね。他にも洪水だとか、爆発だとか。今は相応の設備で対応しているからなんとかなってるようですけど、軽い気持ちで挑戦できないのが現状です」
「……そういった話は、あまり出回っていないと思いますが?」
「そりゃ、研究を止められたくない国の意向をマスコミがくみ取った結果ですよ。いくら使ったかは知りませんけど、きっとお金をばらまいて誤魔化したんでしょうね。
及川教授も、このことはネットとかに投稿しないでくださいよ。その時は何が起こるか分かりませんから、心から、賢明な判断をして欲しいと思っています」
なお、これはあまり知られていない話だ。
俺はそっち系の研究者になった知人がいるので話を聞けたが、大々的にこれを広めようものなら……と脅されている。
だったら教えるなよと言われそうだけど、今の及川教授はそういう事情を知っておいた方が良い立場なんだよね。
知りませんでした、では済まない事になりかねないから。口止めした上で、正しい判断をしてもらいたい。何も言わずに察しろというのは馬鹿すぎるだろうから、最小限の情報ぐらい、出さないとね。
「フィッティングをしてみたが、どうかな? 以前よりはスムーズに動くはずなのだよ」
「……前よりは、綺麗に動いてくれますね。うん。ある程度速く動いても大丈夫」
「それは重畳」
魔法的なものに頼らずとも、ソフトの改善だけでも完成度は上がっていく。
俺の行動パターンを多角的に判断する学習機能を付けて、誤動作を減らしていったのだ。センサー感度の問題は、魔法など使わなくても対応できる範囲であったのである。
ソフト関係の仕事だったので、メインで動いているのは四宮教授だった。
ソフト改善で、俺の動きに対する追従性はかなり良くなって、ついでにハード面の改善で全力一歩手前の力で動いても壊れないようになった。
バトルクロスは、どんどん進歩していく。
しかしこれだけやっても、バトルクロスは俺に対応するだけで、商品として使えるレベルにはならない。汎用性のある対応では無いのだ。他の人に使ってもらうなら、事前にその人のデータを学習させないといけない。
それでも構わないという人もいるかもしれないけど、それではほとんどの人は購入を見合わせるだろう。
もしもバトルクロスを売り物として考えるなら、もっと別の対応方法を考えないといけない。
バトルクロスは試作機であって、商品では無いといって逃げるのは簡単だ。
しかしそんなことを言う気はないので、もう少し、みんなには苦労をさせる事になる。
「やってくれと言うのは簡単なんだけど。実際に苦労するのは、いつも皆なんだよなぁ」
「それを言ったら、資金を出してくれるのは一文字君じゃないか! それができる人間など、滅多にいないのだよ!
それに、危険なテストパイロットをしているではないか! 何もしていないのとは訳が違うのだよ!!」
俺もテストパイロットとして協力しているものの、現場で苦労するのはいつも開発や製造の人間で、俺の苦労など軽いものだ。
遺書を書く程度には危険な仕事をしているとは言え、そこまで危険な目にも遭っていないので、少し負い目を感じてしまうのは確かだ。
そんな俺に、四宮教授は大きな声で反論する。
俺が何もしていないわけではないと。
「……実際に、嫌な上司というかだね、スポンサーの下で仕事をした事が何度かあるのだよ。その時は最悪だったのだよ。
成果は求められるが、思うように結果が出ず。それを理由に資金の引き上げで脅され、足元を見られる。この世界で生きてきた人間ならば、そのほとんどがそういった苦労をしているのさ。
その点、鷹揚でこちらに無理強いをしない、一文字君のような出資者は神様のようなものさ。研究への理解もあるので、安心して研究に打ち込めるというものだよ」
これまでの苦労を語る四宮教授は、ひどく疲れた顔をしていた。
その苦労話は、周囲で話を聞いていた工場の営業も涙を流しながら頷いている。彼もまた、同様の苦労をしているのだろう。
簡単に取引先の言葉を受け入れるだけでは、工場の人間が使い潰される事になりかねない。
そうならないように立ち回る苦労を、四宮教授の苦労に重ねている。
「とにかく、だ。そう気負わないでくれたまえ。よく言うだろう? 焦りは禁物、心に余裕を、と。
一文字君は、これまで通りで良いのだよ」
そう語る四宮教授の顔に、偽りの感情は浮かんでいなかった。




