魔法の余談
「一文字さんに伺いたいのですが、こう、魔法的な力でどうにかする事はできないのですか」
「できると言えばできるし、できないと言えばできない。やっても良いですけど、効率が悪すぎて実戦では使えないでしょうね」
「ああ……」
こちらが開発チームの刺激になればと思い、市販品のパワードスーツ、肉体労働の疲労を少し軽減してくれるアイテムを渡すと、開発チームの一人がこんな事を言い出した。
“魔法でなんとかならないの?”
それに対する俺の返答は簡単だ。
少しの間ならできるけど、やる意味が無い。それだけだ。
「具体的に、どうやるか伺ってもいいでしょうか?」
「ん? 単純に、念動力みたいな形で動かすだけだよ。
パワードスーツは重いから、動かすのにたくさん魔力を消費するし、俊敏な動きをさせようものなら1分と持たないだろうね」
魔法はイメージ次第で何でもできると言われている。
実際はそこまで便利ではないし、魔力の質、属性の偏りによっては“使えるはずなのに使えない魔法”というのが出てくるのが普通だ。
俺は器用貧乏タイプで、他の人より大きく魔力を消費して、威力の低い魔法を使うのが精一杯。
いろんな意味で効率は悪いが、他の誰かが使えて俺が使えないという魔法はほとんどない。だから、着込んだ鎧を動かす魔法だって使えない事は無いんだ。
ただ、俺が魔法を使っても、俺の求める結果に結びつかないだけだがな。
「魔法で解決するなら、もう最初から魔法でどうにかしているよ。それが答えかな」
「そんな事はありませんよ! そのままで使えないと思われる魔法だって、機械的な補助があれば使えるようになるかもしれないじゃないですか!」
そこに踏み込まれると、俺としては自嘲の一つが口を突いて出てきてしまう。
開発者の一人は「そんな事は無い!」と声を荒げるが、魔法の併用はすでに実験済みである。
「例えば、だ。外部から余計な力を加えると、かなりの確率で攻撃扱いされるんだよ。
一発で大きなダメージを受けた時、それから鎧の中身を守るためのシステムを積んだろ。アレが誤動作を起こす」
初速を得るためにと、最初の一瞬だけ加速させようとした事があった。
すると、そのために加えた力が敵からの攻撃扱いをされて、バトルクロスは俺を無視し反射的に防御を行おうとして、体を無理矢理動かされた時は割と酷い目に遭った。
他にも、力加減に失敗して関節部分を壊すとか、意図せぬ動きをさせた事で腕の部分がねじ切れて吹っ飛んだり。
俺の魔法に対する熟練度が足りないだけかもしれないけど、ある程度で良いから、ちゃんと計算された力でないと、俺とパワードスーツの間にギャップができて歪みを生む。
何も考えずに魔法に頼れば、物を壊すだけなのだ。
「そう簡単に、楽をさせてはもらえないよ。魔法だって現実の力なんだから」
残念ながら、そういう事だ。
長い間、修練を積めば、出来るようになるかもしれない。
つまり何も努力せずにどうにかなるほど甘くないのだ。
魔法はファンタジーのような力だけど、今を生きる俺たちは、現実の住人だ。
そんなに何でもできるようなら、誰だって魔法使いを目指している。それこそ、多少の苦労など厭わず、大枚をはたこうがダンジョンに潜るだろう。
そうしないという事は、その程度という事の証明でもある。
「魔法の有効的な活用については、及川教授とも相談して考えてみるけどさ。やっぱり、基礎研究と地道な実験の積み重ねで頑張るのが、一番の近道だと思うよ。
普通はさ、その「地道な実験」にもたどり着けないんだから」
「はぁ。申し訳ありませんでした。自分はどうにも、魔法に詳しくないもので、トンチンカンな事を聞いてしまいました」
「いいよ、それぐらい」
このあたりの事情は、魔法についての知識があまり世の中に出回っていないので、知らない人の方が多い。
魔法について何か聞かれたり、ズレた事を頼まれたりするのは、よくあった事だ。
その時の相手の態度次第では怒る事もあるけど、丁寧な言葉で普通に会話を求められたのなら、何を怒るというのだろうか。
俺の沸点は低めかもしれないが、これで怒るほどの狭量じゃないよ。
「魔法を使った発電とか、そういったものは研究中らしいけど、まだ結果に結びついていないよね」
「一文字さんが見つけたダンジョン金属の合金化では、大型の炉を作れるほどの量が確保できていませんからね」
「お。言うね」
「あぁ! すみ、みません!」
「だから、怒ってないって」
魔法関連でできそうな事、思いつきそうな事。
パワードスーツ以外も話題にしてみれば、この開発者は一言多いのか、余計な言葉を口にした。
俺は唇の端を持ち上げ笑ってみせるが、こいつは思いっきり平伏して詫びを入れる。
だからさ、そんな事ぐらいで怒らないって。




