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そして、パワードスーツへ②

 俺の動きとロボの動きを完全に、タイムラグ無しで同期させる事は不可能である。

 俺の動きを検知できないという訳ではなく、引っ掛かるのは検知から動作させるところなんだけど、その「動作の始め」が問題なのだ。

 静止状態から動き出そうとする瞬間って、実際の動作以上にパワーが必要なんだよね。



「人間の体は、並の機械よりもずっと瞬発力に優れているのですよ。これを機械が再現するには、本当に多くのハードルがあるのです」


 その昔、こんな実験をした番組があった

 チーターと、カバと、人間と、一般の普通乗用車による競争だ。

 100m走であれば、人間が一番遅いのは当たり前。カバだって時速45㎞で走ることができるので、人間よりずっと足が速かった。

 しかしこれが10m(・・・)走になると、意外にも人間が健闘するのだ。

 さすがにチーターには敵わないが、カバや乗用車を抜いて2位である。人間の動き出しは意外と速かったわけだ。


 半分以上は人間の技術力による速さなのだが、人間も侮れないのは間違いない。

 ましてや、魔力によって強化された体を持つ冒険者であれば、その速度は並の動物どころか、自動車だって敵わなくなる。

 パワードスーツは、そんな冒険者に対応させたいという、無謀な願いから始まっているんだけどな。




 静止状態からの動き出しを滑らかにする方法はいくつかある。


 アイドリング、つまり動作前の待機状態にしておく方法。

 初速を得るためのイグナイタ(別の加速装置)を使う方法。

 起動トルクを下げるための機構を組み込む方法。


 分かっているならそれをやれと言われそうだが、やらないのにはちゃんと理由がある。


 アイドリングはエネルギーの消耗が大きくなる。

 イグナイタは追加装置なので機体が大型化する。

 起動トルクを下げる機構は、だいたい衝撃に弱くなる危険性がある。



 そこはバランスを考えながら、これらすべてを並行して活用していく事になるのだが、それもまた、難しい。

 机上の理論で「これぐらいでいいだろう」と考えた事が、現物では全然ダメだと。そういう事がよくあるのだ。これは機械精度の問題などもあって、理想の数値が出ず、思ったような結果にならない現実に打ちのめされる。


「初動だけでなく、感度の問題もありますし。そこは、調整をしていきますけど。少々お時間を頂けないでしょうか?」


 更には、こちらの動きを検知してパワードスーツに反映させるにしても、どうでもいい細かな体の揺れなどまで再現されないように、閾値を設定しなければいけないのも、この問題の難易度を上げる。

 初動を検知したのか、身体の揺れを検知したのか。その判定が厳しいのだ。


 問題が問題を呼び、複雑に絡まって状況を悪化させているようであった。



「しかし目に見えている問題なので、いずれ解決しますよ。ここはお任せください」


 なお、この問題にメインで取り組んでいるのは、及川教授である。

 シミュレーション上でチマチマとバリエーションを増やしながら多くのパターンを試して、どんな順番で試作をするか、採用するパターンの選別と効率のいい進め方を考えている。


「けど、試したいパターンがなかなか多いですね」

「どこに何を使用するのか、という問題でもありますので。腕の動きに最善の選択が足の動きには使えなかったり、腰回りの捻りに過剰と考えたところで、他の関節の動きと連動するとその考えが覆される事もあるのですよ」


 及川教授本人はその苦労を笑って背負える人なので、こちらも安心してテストパイロットができる。

 うん。俺がテストパイロットなんだけどね?



「なぁ、一文字。俺もテストパイロットとか、パワードスーツの開発に手を貸そうか?」


 俺が「テストパイロット」という少年心をくすぐるような仕事をしていたところに、元仲間の時枝が声をかけてきた。


「いいけど。先に遺書を書いてもらうぞ」

「遺書!?」

「そりゃ、“テスト”パイロットなんだし。必要だろ、遺書ぐらいは。ああ、書いた遺書はちゃんと弁護士に預かってもらえよ」

「マジかよ……」


 男の子だもの、テストパイロット、やりたいよな。分かるよ。

 けど、テストパイロットって、それなりに覚悟を求められるんだ。


 運が悪いと、どこかが壊れて感電死とか。

 運が悪いと、誤動作を起こして腕とかをねじ切られたりとか。

 そういった、ハイリスクな要素があるんだよ。

 簡単に見えるかもしれないけど、やってる俺は命懸けだ。


 だから、やる前に遺書を一筆したためて、正式な遺書である保証のために弁護士にそれを預けておく必要があった。


「会社の責任をこれで完全に回避するとか、そういった話じゃなくてだな。マジで、何かあって死ぬ可能性があるから、その覚悟がないならやめておけ。あと、本気でそこまでしても、魔力補充が必要になるから冒険者資格の再取得をしてもらう事になるからな?」

「そこは、ほら。多少のリスクは自分で背負うから、ちょっとぐらい――」

「良いわけあるか、馬鹿野郎」


 時枝は軽い気持ちでパワードスーツを着てみたいって考えているみたいだけど。そんな許可、出す訳ないだろ。お前に死なれたら、会社が潰れるわ。

 ちょっとぐらい、なんて不安全行動を許したら、俺が逮捕されるっての。


 そもそも、元仲間と言うだけで、俺たちはそこまで親しくないからな。

 親しかろうが許可など出さないが、むしろ個人的には仲なんて良くないだろ、俺たち。それぐらいは言い出す前に気が付けよ。



「ケチくせぇ。はぁ。わーったよ」

「ケチとかそういう問題じゃねーんだよ」


 時枝は、俺にテストパイロット就任を断られ、悪態を吐いていた。

 意地悪とか、そういうのではないんだがな。


 時枝の奴は、もうちょっと勉強させた方が良さそうだ。

 会社が従業員に不安全行為をさせる訳にはいかないんだからな。させるにしても、十分な対策をしてからなんだぞ。

 簡単にテストパイロットが出来るわけないと、ちゃんと教えないとな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいて所々で「ん?」ってなることがあって、それが 自分がイメージするパワードスーツがアイアンマンぽい服型(自分の動作に付随するので壊れない)を考えていたのに対して 九郎が作りたがってるの…
[一言] 現場猫案件にならない姿勢作りって大事ですよね 現代風の作品なので、これは良いと思います。
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