企業はこうして冒険者に距離を置かれる
「ナックルバンカーで使っているのはチャージラビットの魔石と、ファイアウルフの魔石ですね。
バッテリーも魔石式ですけど、そちらは他の研究室が用意したものなので、詳細は知りません。教えてももらえないでしょうね」
魔石の調達は冒険者の専門分野だ。
仲間がいない俺ではハイランクの魔石は手に入れられないだろうが、ミドルランクの魔石なら単独でも回収できる。
そこで協力をするというのもアリだと思ったわけだ。
しかし、協力はちょっと厳しそうである。能力的な問題ではなく、状況的なもので。
ファイアウルフというと、『火龍の塒』を思いだすわけで。史郎たちと顔を合わせるかもしれない。
さすがに、そんなリスクは背負えなかった。
バッテリーについて教えてもらえないのは、まぁ仕方がないか。
割と軽い気持ちで聞いたが、こちらは開発中の品のようで、詳細は非公開と。
バッテリーは及川研究室と関係ないだろうから他から調達したとは思ったけど、そこまで他の研究室が絡んでいるとは思わなかったよ。
「原神そのものが独自規格品ですから、そのほとんどがこちらで開発したものになりますよ。
各部のパーツだって、ここで加工したものになります。外部に委託した場合は、どうやっても情報管理に穴ができますからね。そこは、どの研究室も最低限の用心をしているんです」
……俺がこうやってデモンストレーションを見せてもらったのはいいのだろうか?
「いえ、デモンストレーションは人に見せるものですから。見せられないなら、何のためのデモンストレーションですか?」
愚問だった。反省。
「まぁ、協力していただけるなら、それはそれで助かりますね。ダンジョン関連資材の調達は特に難しいですから。どこの研究室も数を確保できないと、少ない資金を出し合って予算を確保しているのが現状です。
これが大手の、潤沢な資金がある研究室では、独自に専属契約を結んでいる冒険者の方に調達を依頼しているようですけれど。さすがに、うちの学生に無理をさせるわけにもいきませんし」
「あー。専属契約って、儲かりませんからね。フリーの方がよほどお金になるってのが、冒険者の常識ですし。
保険とか、そういった支援体制でいえば専属契約も悪くないんですけど。中途半端なところだと装備とかを自由にできなくなるとかって制限まで入るから、かなり不便ですし。企業側も投資が難しくて、あんまり手を出していないですよね」
「元冒険者の視点でもそうなんですね」
「はい。お互いのメリットとデメリット。付け加えるなら求めるものの差を埋めるのは一朝一夕ではいきません。今はまだ、冒険者も企業も条件のすりあわせに苦労している段階ですから」
俺が振った話ではあるけど、俺の知る冒険者と企業の契約について話すことになった。
一般人から意外と思われることだが、企業は冒険者を雇い入れたいと願っているけど、日本の冒険者は企業への就職をしないことが多い。
これは冒険者の生命に直結する部分だからだ。
そして、悪徳企業の餌食になった冒険者の経験談がネット上にあふれているからでもある。
ダンジョン冒険者が職として認められ始めた初期は、冒険者がダンジョンで命を落とす事が多く、その死亡率の高さから、大企業は冒険者を雇おうとしなかった。自社ブランドに傷が付くからである。
子会社などを作り、会社を変えればいいというものではない。金の動きからどこの会社の紐付きかすぐに判明するし、そうなれば結局は同じ事である。
現代社会でこういった情報を秘匿することは困難なのだ。
そこで、独自資金で立ち上げられた中小企業が生まれたのだが、そこで冒険者は消耗品として扱われることになる。
厳しいノルマ、伴わない実力と装備。現場を理解しない上司の無茶ぶりは企業を潤すが、冒険者には還元されない。
辞めたくても契約を盾にとられると、一般人では太刀打ちできない。相手は企業専属のお高い契約金で働く弁護士で、個人の雇える弁護士では裁判に勝つこともできず、命がけで戦うかとてつもない借金を背負わされるかの二択を迫られる。
今の時代を生きる人間から見れば馬鹿みたいな話だが、法の保護を受けられない当時の状況ではそれも仕方がなかったのだ。
ブラック企業に就職したのが運の尽きと。そういう事だろう。
「法が整備され、今ではそういう事をされないと頭では分かっているんですけどね。俺たちはちょうどその時期に冒険者になったので。専属契約と聞くと、搾取されるイメージしかないんですよ。
それに、先ほどもいいましたが、企業って自社ブランドのイメージを守らないといけないので。行動を制約され動きにくくなるのは避けられないんです。そのくせノルマだけは一人前にあるので、割に合わないというか。メリットよりデメリットの方が多いんですよね。
それよりも自分たちだけでどうにかした方が楽だし儲かるので、フリーの冒険者が多いわけです」
企業は色々と欲しがるし、他の企業との付き合いでその要求がとんでもない事になるわけだよ。それは今でも変わらない。「もう少しなんとかならないか?」と無茶を押し込まれるのだ。
現場の意見をくみ取ってくれるならいいんだけど、現場の人間の苦労も知らない人間にあれこれ言われ、命がけの戦いをするのは馬鹿らしくてやってられない。
俺自身、企業系クエストを受けるのは構わないけど、企業の紐付きになってもいいかと問われれば、「絶対に嫌だ」と断るぞ。
今回の協力の申し出だって自分の意思、自分の判断でしたわけだし、一回こっきりのクエストを受ける感覚だったからな。
同じようにダンジョンに潜る史郎の指示に従うのは悪くなかったが、これがビルの椅子に座っているだけの奴の指示だったら、気分が悪いなんてものじゃない。
これは冒険者として一般的な意見だ。
現場で命を張っているのは俺たちなんだ。
何も知らない奴に理不尽なあれこれを言われたくない。
「……それなら、一文字さんなら冒険者をまとめる企業を作れるのでは?」
「伝手と資金はあってもやる気がありません」
そしてそれが分かる俺は、あれこれ言う立場になりたいとは思わない。
それだけの話である。




