世間の様子(亡国の反攻)
「……チャレンジャーだな」
「勇敢なのか蛮勇なのかは、意見が分かれるところだろうね」
「勝算はあると思いますよ。ですが、楽観視しているのではと言いたくなりますね」
工場の休憩室。
そこに設置されたテレビから、緊急速報が流れた。
中国軍がモンスターに奪われた国土を取り戻すべく、兵を出すと言い始めたのである。
そのニュースを聞いた俺たちは、面倒事の予感に顔をしかめるのであった。
8年程前、中国がダンジョンから溢れるモンスターに飲み込まれ、国土の大半を失った。
中国という国は、元々東の沿岸部に人口の過半数が住んでいる、偏った人口分布の国だったため、過疎地域のモンスター駆除が間に合わなかったのである。
当時は日本の10倍の人口を誇る世界2位の大国であったが、国土の方は25倍というのだから、防衛の難しさは推して知るべし。中国軍が弱かったとか数が少なかったというよりも、広大すぎる中国の国土に対し、人の力が及ばなかっただけである。
……これで当時噂されていた「台湾進攻」があったのなら、もっと酷い事になっていたんだろうけどな。
その前にダンジョンが出てきたので、どこもその様な余裕がなくなったのは、不幸中の幸いだっただろう。
生き残った中国人は外国勢力の干渉で分裂し、一部が民主化を果たすが、それは欧米の紐付きになったという事であった。
彼ら自身は独立している、自立した国家という自負があるだろうが、外から見ていると欧米に頭が上がらない状態なので、今は属国に近い状態だ。
そんな中国が対モンスターという事で国連にも支援を要請し、なりふり構わぬ大反攻作戦を実施するらしい。
一応、今回の目標としては長江流域を中心としたエリアを優先するそうで、いきなり全土を取り戻すとか、そういった話ではない。
現在の前線を一部だが押し返し、数年かけてその安定化を図るのだろう。
もっとも、それすら今の中国には難しい話だったはずだが。
「祖先が守ってきた国土を一刻も早く取り戻す事こそが――」
お偉いさんは声も高らかに演説をぶっているが、こちらにしてみればいい迷惑である。
現在、中国の対モンスター戦線は安定しつつある。
だがここで下手を打てばその戦線が崩れると予想され、戦線に穴が開けば日本にもモンスターが現れるようになるかもしれない。
可能であれば、大規模反攻作戦など考えず、じわじわと戦線を押し上げ、モンスターの圧力を落としていく長期計画で話を進めて欲しい。
一発逆転、目に見える成果を求めるのではなく、堅実堅調な対応をして欲しかった。
こちらは徐々にレベルアップしていくんだから、人の損耗さえ押さえれば、敵を倒し前に進めるんじゃないかと思うのだ。
「そのためにも、人類が一丸となって――」
言ってしまえば、今の中国の大統領は目に見える成果が無ければ人がついて来ないから、派手で分かりやすい方に舵を切ったのだろう。
民主主義だから、民衆にアピールしなければと必死なのだ。
俺なんかはそんな事より、失点の無い政治をしろって思うんだけどな。頭の良い人には、俺には分からない考えがあるのだろう。
「しかし、対モンスター戦闘とは面倒な物だよ」
「そうですね。ミサイルを撃ち込んだり、空爆をしても効果が今一つですから」
気になるのは、そこに投入される戦力だ。
地上にあふれ出したモンスターは、一ヶ所に集まって生活しているわけではない。どちらかと言えば、分散して生活しているという報告がされている。
例外は人が近くにいる時で、その時ばかりはモンスターも一ヶ所に集中する事がある。
つまり、普段は遠距離からのミサイル攻撃や空爆といった手段の効果が薄い。
軍を推し進め、銃で応戦しつつ、ある程度集まるのを待ち、敵の密度が濃くなった段階でロケランをぶち込むような戦いの動画を見た事があるけど、恐らく主流となる戦い方はそうなのだろう。
「剣や槍を使ってもいたので、冒険者のチームを複数派遣するような戦いをしているのかもしれませんよ」
「そこは『数を減らす』のか、『モンスターで稼ぐ』のかの違いだと思うのだよ。
モンスターの数を減らすだけであれば、銃火器の方が効率がいいのは間違いないのだからね!」
「そうですか? レベルアップを重ね、魔法を覚えさせれば、銃火器を持つよりも効率よく戦えるし、低コストで済むじゃないですか。軍全体の継戦能力を考えれば、剣や槍を使う方が、よほど有効だと思うけど」
「それをする余裕がない、目の前にいる敵の数を減らすペースを考えねばならないのだよ。
確かに一文字君の言葉は正しいのだが、理想通りに事が運ばないのも現実なのだからね。
何より、軍隊は集団行動で統一された規格によって運用するものだからね。冒険者の能力ムラを考えると、あまり積極的ではないのも仕方がないとは思えないかな?」
なお、軍隊が冒険者スタイルを主力にする事は無さそうである。
特に中国は、昔からクーデターを怖がっている節があるから、その対策なのかもしれない。
民主主義になったからと言って、すぐにお上と下々の関係が改善されるって訳でもないから、警戒は必要なんだろうけど。
何と言うか、世知辛いな。




