新装備開発⑦
まず最初にするべきは、現状の確認だ。
俺は作業進捗表を持ってこさせ、こいつらが出した甘い見積もりではなく、俺の厳しい目で見た作業の進み具合から、実行可能な作業予定を組もうとしてみたのだが。
かなり杜撰な開発計画の進捗表に、会議に参加した面々は頭を抱えた。
「残業禁止だけで3倍になるとか。
お前らなぁ。うちの会社の労働時間は8時間なんだぞ。3倍なんて言ったら、丸1日じゃないか」
残業ありきで考えているというならまだ可愛い。
こいつら、本当に寝食惜しむどころか、死ぬんじゃねーかという過密スケジュールを組もうとしていた。
まさかの24時間働きますよ、だ。
エナドリを飲んでも無理だって言うぞ。
これが実行された場合、会社は確実に訴えられるだろう。
実行させる気はなかったとはいえ、あまりの見通しの甘さに、ため息しか出てこない。
「こっちは凍結。どうせ大して進んでいない。終わりが見えているバイクを優先して、パンチの方を次に持ってこようか」
こうなると、ちょっと計画にテコ入れをする程度では全然足りない。
現実を見せるためにも、大ナタを振るうつもりで挑む羽目になる。
現状を把握し、作業の優先順位をつけ、現在の人員と開発力を考慮して人を配置していく。
当たり前の事だが、意外とできていないものである。
主観で仕事をしていると、どうしても思考が硬直し、変な事をしていても気が付きにくくなるのだ。たまには外部の意見を求める事も大事である。
こいつらが通常の3倍も予定を入れたのは、それでも頑張ればできると思ったからで、残業や休日出勤をすれば何とかなるだろうという甘い見込みによるものだ。
ここまで酷いと、残業をした程度ではどうにもならない事に気が付けと言いたい。
「こっちの作業をここに入れるのは駄目だって。場所を使うんだから、この日に入れるよ」
「ええと……こっちの作業はこれぐらい時間がかかるから……」
こういった作業の優先順位の付け方は色々とあるが、新QC手法とか、そういった手垢が付くぐらい大勢の人が実践している普通のやり方をすればいい。
仕事の管理方法については古本などでも解説書が多く売っているので、適当にいくつか読んでみて、使えそうだと思う物を実践する程度でもなんとかなるのだ。
可能であれば、そうやって予定を組んでいる事を従業員にも教えていると、意思疎通がスムーズになるので話をしやすくなるし、何か駄目な点があれば教えてもらえるようになる。
上司が一方的に予定を決めて部下にスケジュールを強要するよりも、お互いが確かな知識を持って話し合いの場を設けていれば、より円滑に作業が組めるのである。
あとは組みあがった予定を実行できるように周囲の部署と調整を行う。
開発・製造関係者は物を作るのが仕事なのだが、その材料を揃えるのは調達部署の担当であり、そちらとの連携ができていないと、どんなにいい計画を立てた所で意味が無い。
何も無い所から物を作れるわけではないから、調達に材料を揃えてもらわないと、生産系の部署は働き様がないのだ。
だから、こちらの計画に沿った材料・部品の手配をしてもらう事になる。
「んー? ここと、ここは厳しいそうです。他は大丈夫ですね」
「厳しいって、どれぐらいだ?」
「こっちのモーターがそっちの予定より2週間は遅れで、シリンダーは3日以上遅れるそうです。
シリンダーは細かい納期が分かり次第、連絡しますね」
「了解」
調達に話を通してみると、よくこっちが設定した納期に間に合わないという事を言われる。
こっちは部品ごとに設定された予想納期を見て納期設定をしているんだけど、その予想納期よりも大幅に納品が遅れるのは珍しくない。
ダンジョン以前の世界でもグローバルサプライチェーンが機能しなくなり、納期が遅れる事はよくあったのだ。ダンジョンにより混乱を経験した今の世界はもっとサプライチェーンが弱くなっており、そういった面倒臭い話がいくらでもある。
何かを買おうと思っても、「在庫がありません。しばらくお待ちください」と言われるわけだ。
物がなければ金を積んだところで無意味なので、そこは素直に諦めるしかなかった。
俺が小学生の頃は中国があったのでまだ良かったけど、あの国がダンジョンとモンスターに飲み込まれ消えた事で大混乱に陥ったんだよな。
いやもう10年近く前の話だし、関係ない話だが。
「そんな訳で、組んだ予定をもう一回組み直すぞー」
物が入らないとなれば、予定が狂う。
物が入る前提で組んだのが悪いと言われてしまえばそれまでだが、何が必要で何がいつ手に入るというのは予測しにくい。
なので、最初に決めた予定をベースにするけど、新しい予定を組んでおく。
朝令暮改のようだが、物が無いと分かっているなら、現実に即した予定を早々に組み直す方が賢い。
「もしかしたらもっと早く入ってくるかもしれない」などと甘い事を言ってられないのだ。
「シリンダーは3日以上遅れるっていうのは良いんですけど。どのぐらい遅れるんですか?」
「詳細はまだ不明だな。まずは4日遅れるという前提で仮の予定を組むぞ。
物の入り次第では動かす事もあり得るから、そこを考慮しておいてくれ」
「……なら、この作業は4時間ぐらいで、うん。後付けをしましょう。残業対応になりますが、それぐらいは、いいですよね?」
「ま、イレギュラー対応だから良いだろう。物が入り次第、作業をしてもらうとして。残業ができるように、今は時間制限に引っかからないよう、あんまり残業をしないように」
「はい!」
なお、パーツ納期が不鮮明な場合は、残業対応も已む無しだ。
上手く予定が組めないときは仕方がないのだ。基本は定時で予定を組むけど、外的要因ならば残業してもいい。
基本はあくまで基本であり、世の中には応用がある。
何が何でも残業してはいけないと杓子定規に定時退社を強要する訳ではないんだからね。
俺だって、多少は融通を利かせるよ。合法ならね。




