新装備開発④
新装備の開発は、武器以外も行っている。
山の少し開けた場所。
そこで新装備を搭載したリビングコートが、真っ直ぐ長く敷かれたマットの前で待機をしている。
「ジャンプ用スラスター、いきまーす!!」
開発チームの一つが高機動用にと、宇宙世紀なロボットのごとく、背面スタスターを開発したいと言い出した。
背中にジェットノズル? そんな装置を付けて、移動速度向上を図ろうというのだ。
言っては悪いが、これもネタ装備である。
ジェットノズルで火を噴かして推進力を得た場合……。
「あ、こけた」
体のバランスを崩し、見事に転倒した。
マットの上で転倒したので被害は軽微と言いたかったのだが、すぐにマットを飛び越え、地面と衝突する。
横方向のマットが足らなかったのだ。
一応、ノズルの位置は重心を考慮したけれど、正面からの空気抵抗であっさりと制御不能になる。それが高速移動中であれば、リカバリーはかなり難しくなる。
転んでしまうのも仕方がない。
「腕や足を動かし、バランスを取ってもらいたかったのですが……」
「まぁ、一回や二回でどうにかなる物じゃないよね。先行してシミュレートデータはもらっていたけど、屋外では風も吹くし、計算通りにはいかないよね」
こうなる事は考えていたのだ。
そこでロボット自身にバランスを取ってもらうようにと仕込みをしておいたのだが、それも不発に終わった。
何度か繰り返せば使えるようになるかもしれないが、相当な慣熟訓練が必要だろう。ただ腕や足を振るだけで簡単にバランスが取れるはずもないんだから。
小規模な姿勢制御用スラスターを使う? いや、さすがにそれは無理があると思うな。出力もそうだけど、とっさにモーメント計算ができるのかって意味で。
「さすがに、開発ラインを増やしすぎではありませんか?」
そうやって色々と作らせていると、及川教授から待ったがかかった。
やり過ぎだと言いたいらしい。
「そこまで真面目に成果を期待していないので、構いませんよ。あれは息抜き、部活動のような物ですから。
それに、それでも知見は得られるので、無駄ではありませんし」
とは言え、こっちもそこまで本気で取り組んでいないので、問題ありませんよと笑って返す。
法令に違反したりけが人が出るような実験をするようであれば止めるけど、合法かつ安全であれば大丈夫なのだ。
こっちが全く実践データを持っていない実験であれば、今後の装備開発の基礎データになるので、悪い事ばかりでも無い。
それに部活動のような物と言いつつ、あとで応用すれば使えそうな物を中心に作らせているので、完全に遊びというわけでも無いからね。
完全なネタ装備であれば、却下してますよ。
「そうではありません。手が足りないと言いますか、彼らのキャパシティが……」
「開発とは言え目標設定はしているし、あまりタスクを増やしすぎると、過剰労働になってしまいますよね。残業時間の管理が厳しいご時世なのに、確かにこれは困りますね。
」
及川教授は労働環境、作業量、就業時間の方を気にしていたようだ。
人を働かせる以上、上司による労働時間の管理は必須だ。
働かせすぎるのは違法だからな。彼らがやりたいと言い出した開発事業ではあるが、俺たち上司が制限を設けなければブラック企業になってしまう。
もちろん、それは分かってやっていますけどね。
「ですが、月の規定残業量を超えたら、残業は許可しない。問答無用で定時退社をさせます。
それで目標にした期日内に開発が終わらなかったとしても、こちらは関知しません。彼らが計画を立て、望んで設定した数字でもあるから、そこはきっちり守ってもらいますよ。融通は利かせません」
社内の開発事業なので、設定された期日は俺の意思でいくらでも変更できる。
ただ、彼らに「期日に仕事を間に合わせる」事を覚えさせるために、無茶なスケジュールでも通したという経緯がある。
学生気分だと、最後は泊まり込みでレポートを書くとか、そういった事がまかり通っているけどね。その学生気分を拭うためにも、今のうちに失敗を経験させたかったのだ。
致命的な失敗をされないように、こちらの監督しているところで転ばせる。経験しないと人は学ばないのだから、やりたいようにやらせつつ、手綱を握っておく。
……その時、最終的に責任を取るのは「責任者」。つまりは上司の俺なんだけどね。
開発にゴーサインを出した以上、彼らの失敗で俺の評価も落ちるのである。
「これで学ばないようであれば、その時は開発チームから外しますよ。
けれど、学んでくれれば、多少の失敗には目をつぶります。なんでもかんでも、最初から上手くいく事ばかりではありませんし」
「その、彼らが潰れるとは……」
「うーん。あの「これがやりたい!」って顔を見る限り、大丈夫そうだと思いますよ」
こうなると及川教授の懸念は、失敗を経験した事で彼らが潰れてしまわないかという事である。
大きな失敗というわけでも無いので、そこまで気にしなくても良いと思うんだけど。これまでの人生で、何度か失敗を経験しているだろうし。
及川教授はちょっと過保護すぎやしないかと、俺はそう感じた。
「まぁ、フォローはお願いします」
「ええ。できる限りの事はします」
彼らをこちらに引き入れたのは、及川教授だ。
及川教授が用意した進路の先だから、彼らにどこか責任を感じているらしい。
彼らはコネ入社だから紹介者が責任を持つのは不思議な話では無いけど、それとは違う、身内としての心配ぶりであった。
うん。これぐらい、なんとかなるだろう。
予定通りにいかなかったとか、その程度の話なんだし。先に相談されれば、計画の変更ぐらい認めるし。
あえて無理をする場面では無いわけだから、大事にはならないだろう。
俺は及川教授の心配を、その程度に考えていた。




