リビングコート④
リビングコートは、パワードスーツ足り得なかった。
結局はいつものように、レベルアップのタイミングで中身であるリトルレディを壊してしまう。
どうにかならないものかと頭を抱えそうになったが、ここで及川教授が待ったをかけた。
「人は失敗から学ぶものです。一回の失敗で見切りをつけるのは如何なものかと思いますよ。
レベルアップを重ねる事で、学習が進むかもしれません。リビングコートはこのままダンジョンに潜らせましょう」
及川教授は、リビングコートはまだ学習前の段階であり、これから学んでいけば、パワードスーツとして働けるようになるのではないかと言い出した。
「これ、何回リトルレディが壊れたら、学習するんでしょうね?」
「……10回。10回は、見守らせてください」
一理ある。
確かに、自我が芽生えた以上、教育は可能だと思う。
ただ、光織たちの言語能力のように、謎の学習不能状態に陥る可能性だってある。
予算は有限であり、何も考えず資金を投入するのは反対だ。修理には人手だって必要なんだから、漠然としたイメージだけで延々と失敗を積み重ねる訳にはいかない。
失敗から学ぶ事は確かにあるけど、何も考えずに試行を繰り返しても無駄なのだから。
そこで俺たちはみんなで話し合い、あと10回、レベルアップをさせる事にした。
10回失敗したら、リビングコートはお蔵入りとなる。
「頼むぞ。中の人を壊さないよう、慎重に戦ってくれ」
皆の期待を不安を一身に背負い、リビングコートの挑戦が始まった。
「むしろ、リトルレディが対応するように成るかも知れねーっすねー」
「まー、中の人もレベルアップするし? 無理な動きに耐えられる強度を得るのが先かもな」
「交換するから、そりゃ無いっすよ」
1回目、2回目の失敗でリトルレディの修理をしている時は、まだ雰囲気は悪くなかった。
まだこれから。始まったばかり。そんな事を言える余裕があった。
しかし3回目、4回目と繰り返すと、徐々に不安が雪のように積もっていく。
レベルアップ後のスペックに振り回され、中と外とのギャップで壊れる関節。その破損の度合いはより大きくなっていた。
新しい関節に使われる部品は新品になるため、鬼鉄を使おうがレベルアップ前の新品である事に変わりはなく、全体のバランスが崩れていくのも被害拡大に拍車をかけていた。
5回目、6回目となると、無心の世界だ。
期待はなく、こんな物かという意識になる。あと数回我慢すれば終わるのだからと、何も感じない。
修理の担当者は遣り甲斐や達成感の無い、本当にただの作業に従事している。
アンデッドダンジョンでのヘビーローテーション。
戦闘という瞬間的な大出力が求められる場では、トルク異常による制御装置の緊急停止も効果を発揮しない。
最低でも週に1回はレベルアップとリトルレディの破壊を繰り返していたリビングコート。
ただ、それも外部要因によって終わりを告げた。
「みんな、待たせて悪かったのだよ!!」
四宮教授が、ようやくレベルアップに対応した制御システムを作り上げたのだ。
「要は、レベルアップのタイミングが読み切れなかった事、パラメータ変動のブレ幅が一定ではない事が問題だったのだが、それをパターン化する事に成功したのだね!!」
レベルアップをすると、リビングコートの出力が上がる。
出力が上がると思っていた以上の速さで体が動くので、中の人であるリトルレディに過大な負荷がかかり、破損させてしまう。
レベルアップのタイミングを読み切ることができれば、出力の上昇に応じて出力を抑える事も可能になる。
その時、出力がどれだけ上昇したか分かれば、それだけ出力を絞ればいいか計算できるので、より正確な制御ができるようになる。
これまで乱数を読み切れなかったレベルアップを、四宮教授は延々と解析し続け、とうとうパターン化に成功したと胸を張った。
「こちらは原神に始まり、タイタンにオプションコート、リビングコート。敵はゴブリン、ゾンビにスケルトン、野犬。その全てのデータを洗い出し、これまでのレベルアップに100%当てはまるだろうシステムなのだよ!」
敵の強さの測定、自身と味方の位置関係、そこから計算される倒したタイミングと得られる経験値の量。自身のパラメータ算出、レベルアップに必要な経験値と、レベルアップ時のパターンと成長幅の予測。
これまでランダムだと思われた部分にまで踏み込んだレベルアップ測定システムは、画期的と言える物だった。
これまでこういったシステムを作ろうとした人がいなかったのは、作る意味が無かったから。
人間の冒険者の場合、レベルアップ時の条件を整えることができる訳もないので、ある程度の傾向さえ掴めれば良かったのだ。特殊レベルアップの条件を探る事はしても、細かいタイミングや能力上昇の幅の計測などをする事はしてこなかった。
俺たちのように、ロボットのレベルアップや能力上昇パターンを知ろうと考える動機が無かったのだ。だから膨大なデータを検証して調べていない。
いや、ただ単に、外部に発表してないだけかもしれないけどな。
しかし必要に迫られ、四宮教授はそのシステムを作り上げた。
それにより、パワードスーツの開発はようやく前に進むのだった。




