彼はこうして最先端を目指す
及川研究室の作った人型ロボット、『原神』。
それは人の形と言えばそうなのだろうが、どこか一昔前の、バイクと車の会社が作ったロボットを思い出させる外観だった。
宇宙服のような全身を白でまとめ、顔の部分は黒いお面。
丸みを帯びたフレームも、パルクールをしたロボットと違って、よりそちらの印象を強める。
違いとしては、体の各部に多種多様なワンポイントがある。
あとで教えてもらったが、モーションキャプチャーをしやすくするための工夫らしい。
某アニメで有名な連邦やら公国のマークが混じっているというか、たぶん、俺が知らないだけでワンポイントは全部“そっち系”のアイコンなんだろうな。
他の大きな違いは、背中の形だろう。
普通の人型ロボットは、ランドセルのようなバッテリーユニットを背負っているが、原神にはそれが無い。より人間に近い姿をしている。
「バッテリーは肺のあたりに取り付けているんですよ。人間の代わりをするなら、その方が出来る事が増えますからね」
「確かに。狭い場所で背中がつかえると間抜けですよね」
「人型に拘るなら、これぐらいは当然です。
第一、背中にバッテリーユニットを背負うと猫背にせざるを得ないわけですから。それでは姿勢が悪くなってしまいます」
見た目に関してはそんなところだ。
あとは動くところを見せてもらってから考えよう。
「長谷川君。モーションパターン1をスタートして下さい」
「了解です。原神、モーションパターン1を開始します」
及川准教授の指示で原神が起動する。
それまで背を伸ばし直立していた原神だが、目に相当する部分が光り出すと、足を開き腰を落とす。
そして空手や拳法のような構えをとると、演武を始めた。
「えーと? 格闘技のモーションですか?」
「はい。パルクールのような動きをするロボットは数年前に完成していますからね。その先を行くとすれば、原神のようなロボットであると確信していますよ」
ちょっと、頭の中にハテナが飛び交う。
及川准教授の言っている事がよく分からなかった。パルクールの次が格闘技?
疑問を抱えた俺だが、そんな俺を置いてきぼりにして、原神は次の動きを始める。
「ここからが本番ですよ」
ここまでの演武は準備運動と、そう言いたげな及川准教授。
言葉の意味はすぐに分かった。
原神は近くの壁を殴り始めたのだ。
今まで気にしていなかったが、壁の一部が打撃を受け止めるサンドバックのようになっていた。
壁は原神の打撃を受け、鈍い音を響かせる。
「簡単に言ってしまえば、原神は高負荷に耐えられる強度のフレームを持っている訳です。
瞬間的な高負荷に耐えられるフレームシステム。精密機器の塊であるロボットでありながら高耐久性を誇るのが、原神一番の特徴なのですよ。
それに加え、原神の打撃はパンチングマシーンで400㎏と、ボクサー並みの重さがあります。人の模倣だけでそれを可能にしたロボットは、そうそう居ない筈ですよ」
パンチングマシーンの数値については、メーカーごとに色々とある。
ここで使われているパンチングマシーンの平均的なスコアは、成人男子で200㎏前後だという。ここの研究生は非力なので120㎏が平均らしいが。
で、プロボクサーが同じパンチングマシーンを使って出した記録が400㎏弱。原神のほうがパンチ力があるのだという。
そして原神はパンチだけでなく蹴りに肘打ち、背面打撃までやって見せた。鉄山靠? 本当に頑丈なようだ。
「そして、最後に人ではないロボットだからできる事、です」
一通りの技を見せ終えた原神は、壁から少し離れ今までよりも深く腰を落とす。
そして、壁に向けて瞬間的な加速を見せた。
「速度と体重を乗せた打撃? て、ええっ!?」
ただの大威力攻撃。最初は人間であれば手首を痛めてしまうような、大振りの打撃なのかと思った。
しかし原神は、それを組み上げた及川准教授らはこちらの想像を超えるロマン溢れる一撃を魅せてくれる。
原神の右腕、そこを覆っていたカバーがパージされ内部機構が姿を見せる。
後ろに引かれた右腕が変形し、肘から先にシャフトが出てきた。
そして爆音を響かせ、右拳が撃ち出され、壁とぶつかり先ほどの爆音を超える轟音を響かせた。
まさしく、パイルバンカー的な一撃であった。
これは、右腕が吹っ飛ぶんじゃないかと思ったほど、超高威力の打撃。
ロマンをどこまでも詰め込んだ、そんなパンチだ。
「どうです、原神は。凄いでしょう」
「……ええ、確かにすごい、ですね」
ネタ枠か何かだろうか。
俺と及川准教授の言う「凄い」は、ベクトルが違う気がする。
まぁ、確かに凄いのは間違いないと思うけど。
こうして原神は一通りの動きを終え、デモンストレーションを終了する。
度肝を抜かれた俺は、大きく息を吐き、衝撃を反芻するのであった。




