史郎の成功
日々の変化っていうのは、確かにある。
けど、それを変化としてみられるかどうかは別問題で、バイクを買ったり、タイタン用のバイクを作ろうとしたり、レドーム関連で動き回ったりするのは、些細な事なのだ。
俺の中では、止まってしまったパワードスーツ開発に向ける意識の比重が大きすぎるため、そういった変化を大きな事と位置付ける事ができない。
光織たちの装備開発は「いつもの事」として処理され、新しい事に挑戦しているようでも新しい事をしているという意識がないのだ。
日々に変化を感じるためには、何かしら、俺の心を揺さぶるような大事件が必要だったのである。
「あ、借金完済の目処が付いたんですね。おめでとうございます」
そうやってルーチン化した日々に飽いていた俺の耳に、小さな吉報が届いた。
2年前、遠野家に貸したお金が、全額返済されるという話である。
結構どころか、思っていたよりもかなり早い返済であった。
俺は2年前、エリクサー作成に必要な素材の購入費と製作費用を負担し、あとは周辺のちょっかいを防ぐ手伝いをした。
結果、その代金として遠野家はおおよそ5億円、俺に借金をしたのである。
遠野家は裕福な家で両親ともに稼げる人たちだが、5億円もの返済をするには時間がかかる。
そこで俺は相談の上、追加で1億円の融資をしていた。5億円の借金を返すため、彼らが儲けるための先行投資である。
十万円を稼ぐとして、種銭が一万円の人と一千万円の人では、後者の方が難易度が低い。
5億円の借金を返済するに当たり、そのままの生活をしていては完済に何年かかるか分からず、だったら追加で1億円を貸し付けて借金完済の難易度を下げた方が双方に利益がある。
遠野家の人々はウチの両親と関係が深いので、お金を持ち逃げする心配はしなくていい。
そういった信用があるのだから追加の融資も気にせず行った。
だから2年で借金を完済した事は、そこまで驚く事ではない。
俺を驚かせたのは、その方法、中心人物であった。
「え? 史郎が会社を立ち上げて……? それ、本当ですか」
借金を返済した立役者は息子の史郎。
あいつはこの2年の間に会社を立ち上げ、いつの間にか大きく稼ぐようになっていたのである。
さすがにこの展開は予想できず、俺はそれが本当かどうか思わず聞き返すだけでなく、ネットで調査をするのであった。
「あんにゃろう、上手く波に乗りやがった」
史郎が始めた会社は、冒険者向けロボットレンタル企業だ。
設立当初は初心者冒険者支援サービスと銘打ち、低難易度ダンジョンでのチュートリアル担当を行い、徐々にロボットのレンタルやサブスクを始め、規模を拡大。去年の純利益は3億円と、急成長を遂げていた。
元冒険者視点でサービスを考えているので、同種のサービスをする大手ロボットメーカーよりも頼もしいと高評価である。
実際、トップが冒険者をしていたというのは、他には無い大きな強みである。
通常の企業では決裁のために色々と書類を書いて、それに上司の承認をもらい、それから動く事になる。大手ともなれば金額によってはそれを何回もしないといけなかったりするので、どうしても動きが重くなるのだ。
これはどんなに良いアイディアがあっても、書類を作る側に説明能力が足りていなかったり、上司の読解力が足りなかったり、冒険者への理解がない事でさらに動きが重くなり、せっかくの良いアイディアが実現しないなどザラにある。
史郎の場合は小さな企業からスタートしたことでフットワークが軽く、元冒険者視点で理解力が高いので、良いアイディアはすぐに実行される。
付け加えるなら、すでにサービスの流れができてしまうと、それを変えるというのは多大な労力が必要になるのだ。老舗よりも新規参入の方が動きやすいというのも有利に働いた。
さらに史郎は、自身の経歴を洗いざらい白状し、それで周囲の信用を得ることに成功していた。
史郎の経歴の中で、八つ当たりと勘違いで俺を追放してしまったことは大きな汚点だ。
普通に考えれば、これはマイナスにしかならない。
しかし、苦境からの立ち直りというのはちょっとした物語の主人公のように見えなくもない。
実際、史郎が苦労したのは正義マンなど、分かりやすい“悪党”のせいなので、大衆も共感しやすかったのだ。
下手に嘘偽りで自分を良く見せるようであれば反発も出てくるが、隠し事をしないことで周囲の信頼と好感を得たのである。
「史郎は上手くやってるのか。良かった」
この話を調べ終えた俺は、心底ほっとした。
史郎が上手くやっているということは、俺にとってメリットが大きかったので良かったと心から喜んでいた。
別に俺は、史郎に「不幸になれ」と呪いのような恨みを抱いてはいない。
幸せになってくれて良いのだ。その方が、俺に迷惑がかからないのだから。
下手に路頭に迷われ、俺を逆恨みし、凶行に走られる方がよっぽど困る。
だから史郎の幸せを祝福できた。
そのはずなのに。
「あれ? なんか引っかかるな。いや、ただ祝福しておけばいいはずなんだけど」
自分の中に史郎の成功を喜べない、そんな何かがあることに気が付く。
それはパーティから捨てられた事への恨み辛みではない。もっと違う感情だ。
多分この感情は、嫉妬。
先が見えず藻掻く中で、真っ直ぐ前に進んでいる人間を羨む、そんな気持ちだった。




