彼はこうして夢を語る
「――とまぁ、この方法で日本企業は高純度の電解鉄生産でトップシェアを誇っている訳です。
ですが、この方法は個人で行うには無理があるので、素直に予備加熱による表面処理と不純物の多い金属の除去、後処理で転炉を用いるのが最適解でしょう」
国内で行われている高純度鉄の精製方法について、その最新方法の授業。
とはいえ本格的な話ではなく、素人でも理解できる、ごくごく触りの部分について及川准教授が説明してくれた。
電解鉄とか、回転式不純物除去装置による鋳鉄溶解からのマンガンの除去効率と脱炭・脱珪を考慮した温度バランス調整と添加物の必要性についてだとか言われても、俺の頭には全く残らなかったのだ。
馬鹿で、すまん。
とりあえず、出来そうな範囲のやり方だけは聞いたよ。
高純度鉄の精製に限らずどんな分野でもそうなんだろうけど、鍛冶は本気でやろうと思えばどこまでも金と手間を必要とする沼のようなもので、俺のやっている鍛冶は「個人が趣味で行う遊び」の域を脱するのが難しいと理解させられた。
酸に溶かして電気分解で精製するとか言われても、その為にどれだけの設備を作り、資格を手に入れ、人を集める必要があるのか。
有り体に言って、不可能だとしか言いようがない。
反面、個人でやる遊びの鍛冶でも、俺の買った設備は結構高価な物なので、やり方次第ではそこそこの結果は出せるだろうとお墨付きをもらう。
及川准教授はロボットを作る時に使う素材の選定で、金属材料には詳しい。
その関係で金属精製関連についても知識があり、特性を調べる方はまさにプロ。
そのプロから太鼓判を押されたので、“設備だけは”いっちょ前。
あとは俺次第だと背中を叩かれた。
「ところで。一文字さんはロボットには興味がありませんか?
ウチの学生が組んだ、二足歩行の人間型ロボットがあるのですが、見ていかれませんか」
そうやって授業を受けていたのだが、その合間、休憩時間に及川准教授はそんな事を言いだした。
「良いんですか? そういったものは、機密とかそういった扱いになると思ったのですが」
「ははは。研究している物をお見せしたところで、そこまで困る事はありませんよ。外観から得られる情報はさほど重要ではありませんから。
大事な所は、ちゃんとカバーなどで隠していますよ。その方が、見た目もいいですからね」
興味が有るか無いかで言えば、もちろん興味はある。
ただ、余所様の研究室を勝手に歩いて見て回ったり、研究物を調べるのはどう考えても人としてアウトだ。
産業スパイとかそういった事をやらないにしても、そういった「ちょっとぐらい」は叩き出されても仕方のない行為と思っている。
根掘り葉掘り聞こうとするのも良くないだろうし、俺は自制心が強かったり会話に気を回せるタイプじゃないから、一回やってしまえば際限が無くなると思っていたわけだ。
だから興味はあっても、自分からは聞こうともしなかったのだ。
しかし、及川准教授は逆に聞いて欲しい、語りたいタイプだったようだ。
こちらが興味を示すと、授業の時など比較にならないほどの勢いでロボットの説明を始めた。
「関節部分の摩耗を抑えるため高分子オイルを――」
「バランスを自動で取るための技術はすでに一般化されているので――」
「アスリートのモーションデータの再現をどこまで――」
正直、お腹いっぱいです。
授業中の会話を録音して後で復習しようと思っていたので、この会話も録音されている。
ただ、この会話を後で聞き返したところで、研究内容は全く掴めないだろう事は何となくわかった。
理解できないなりに准教授が言っている事を聞いていると、説明しているのは「どんな課題があって」「どのような成果を上げた」までで、「どの様な手法で」が完全に抜けている。
頭のいい人は、これだから。
ハイテンションで怒涛の如く喋っていても、言葉はきっちり選んでいる。言ってはいけない内容を軽々しく漏らすようなヘマはしない。
そのへんは、大学で准教授になれるような人なんだなぁと、そう思わされた。
及川准教授の研究室は、ロボット関係だ。
ロボットとは言っても、普通のロボットは人型ではない。そのほとんどがアーム部分だけで、二足歩行などは「無駄」と言われているのが現状であるらしい。
産業機械などでは腕の部分と目や耳に相当するセンサー類だけで済む。
飲食業で使われる配膳ロボットも、人型でない方が効率がいい。特に移動は路面の安定した屋内なので、二足歩行で歩かせるより、タイヤで走らせる方が安定する。
屋外の作業では蜘蛛形のような多脚ロボットの方が主流であり、次点はキャタピラ。二足歩行に出番は無い。
付け加えるなら、地面を無視して、「飛ぶ」ドローンのような移動方法の方が安定するのではないかという声も多く、人型ロボットの研究は時代遅れとすら言われる事もあるという。
「人と同じ規格で、人に寄り添え、人ではできない結果を出せる」のが二足歩行型ロボットに求められた目標だが、「人の形じゃなくても良いじゃない」と、今はそれ以外のアプローチが有用性を証明している。
及川准教授が研究予算を確保できないのは、相応の理由があったのだ。
「しかし、ですよ。だからこそ研究し、未知へ挑む価値があるんです!」
俺が資金を提供したことで、これまで我慢していた部分にも予算が回せた。
そうして完成したロボットだからこそ、俺にも見て欲しい。
そうやって楽しそうに語る准教授の姿は、年上ではなく少年のように若々しく見える。
そうして案内された部屋のドアを、及川准教授が前を行き開け放った。
「これが我が研究室の誇る人型ロボット、『原神』です!」
ドアの向こうには、ガラスの壁が一枚。
その奥に、宇宙服を着たような人型ロボットが鎮座していた。




