逃げ
「また、新型の搭乗式ロボット販売の広告かー。はぁ。景気のいい話だよねぇ」
いつもの巡回、いつもの仕事を終えると、独り、部屋でタブレットを弄り、ニュースをチェックする。
その途中でニュースの脇にある広告に目をやれば、「これであなたも楽々レベルアップ!」というキャッチコピーの、搭乗式ロボットの広告が掲載されていた。
なんて事は無い。最近よく見るようになった、「人を乗せて自動で戦うロボット」の案内だ。
なかなかとんでもない話ではあるが、ちょっと前にそういうロボットが売りに出されたのである。
モンスターと戦えないような人でもレベルアップできると評判で、本体価格2千万円と結構なお値段がするけれど、今では大いに売れていた。
戦いに向かないロボットをレベルアップさせるために使われていたロボットがあった。
そのロボットは多くのロボットの自我獲得に貢献したが、2年も経てば仕事がなくなり、単独でモンスターと戦う事をしていた。
しかしそれを改修し、人でも乗れるようにされた。
当初、一般人はダンジョンに入れないという規制があったため、何の意味があるのかと思われたこのロボット。これは一部の冒険者にとって、なくてはならない必需品となったのである。
冒険者は、最初の一年で半分が辞めてしまう。
モンスターとの戦いに耐えられない者が続出するためだ。
彼らは一回か二回戦って、トラウマを植え付けられ、冒険者を引退する。
二度とダンジョンに行きたくない、モンスターと戦いたくないと思う彼らではあるが、そんな彼らでもレベルアップをしたい、魔法を使えるようになりたいという欲求は残っている。
戦いの恐ろしさを学んだ事で、その気持ちが戦う前より強くなった者もいる。
そんな彼らにとって、乗っているだけで自動的にモンスターと戦い、自分に経験値を与えてくれる搭乗式ロボットは福音であった。
戦いの恐怖を感じる事も無く、怖い事は全部任せて美味しい所を手に入れられるからだ。
ロボットに乗っても怖いものは怖い。それを乗り越えるのに多少の勇気は必要だったが、一歩踏み出してしまえばあとはレベルアップまで一直線だ。直接戦う者よりも効率は悪いが、それでも笑いが止まらないだろう。
勇気だけでなく、庶民にしてみれば多額の初期投資こそ必要だったが、魔法が使えるようになるまでレベルアップしたい人間に一つの道筋ができた。
今の初心者向けダンジョンは、ロボットに乗ったカムバック勢が獲物を奪い合い、周回している状態であった。
……そしてその波に乗り遅れた、パワードスーツの開発が遅れに遅れている俺から見ると、この手の景気のいい話は見ていて気分のいい話ではない。
妬ましい、羨ましいと思うし、いつかは自分もと考えるんだけど。
「大企業の資本と人材、技術力に勝てる未来が見えない」
まぁ、それが無謀な挑戦だと思ってしまうわけだ。
実際、俺がこれまで上手くやって来れたのは大企業がやっていない事に挑んでいたからだ。
鬼鉄の加工方法なんてその最たるもので、大企業が手を付けていない分野だったから出し抜けただけである。
大企業が本気で取り組めば一瞬で追い越される程度の、些細な成功でしかない。実際、人型戦闘ロボットをダンジョンに投入するのは俺が始めた事だけど、そんな俺が切り開いた獣道をアスファルトで舗装するどころか高速道路まで作っているのが大企業というわけだ。
これは自虐とかそういった話ではなく、小規模な企業と大企業の間には、絶対に越えられない地力の差が存在するのという、ただの事実。
まともにやり合うのは無謀で、小企業ならではの小回りを利用し、敵のいない隙間産業で利益を得るのが賢い生存戦略のはずだと思う。
――そう思うのだが、勝手に屈辱を感じてしまうのも事実なわけで、自分の事をどうしようもないなと思っていたりする。
自覚がある分まだマシだが、どうしても自分が始めた事で後れを取っている現実が許せないんだよ。
レースに例えるなら先行したはずのリードを一瞬でなかった事にされ追い抜かれたというか、そもそもこちらが先行逃げ切りをしようとしていたとすら思われていないような展開は悔しいのだ。
だからこそ、成功が覚束ないパワードスーツの開発ではなく、もっと別の道に逃げてしまいたいと考えてしまう。
「それを選べば、また、何度でも逃げるって事なんだろうけど」
その誘惑を断ち切る手段が、俺には無いのもまた、現実なんだよ。
勝利のビジョンがない現状維持だって逃げと同じ、そんな事都合の良い事を言えれば楽なんだろうけど。
逃げた先にも勝利のビジョンが無い以上、ここでパワードスーツの開発を止めるのは、駄目なんだろうなぁ。




