史郎⑤
拗れた問題は解決までの道筋が見えなかったが、意外と簡単に終わりを迎えた。
汚い格好の史郎は一度、病院に入れてもらえず、追い返されスパに行った所を親父さんに確保された。
そこでも逃げ出そうとしたが、このままでは春菜ちゃんに会えなくなるかもしれないと言われては足を止めざるを得ず、大人しく家に戻ったそうだ。
その後、史郎は精神科医に診断を受けたところ、過剰なストレスによる幼児退行と言われた。
これまでの行動は、子供の感情に大人の行動力が合わさった結果だったのである。
「しばらくはゆっくりさせるよ。落ち着いたら、今度こそ九郎君に謝らせる」
「いや、こっちは謝ってもらわなくていいです。もう、どうでもいいので」
こっちは、これ以上迷惑をかけられなければそれでいい。
謝るとしたら謝る史郎の心の問題で、俺の事情とは関係がない。
こっちの負担を考えるなら、もう放っておいてほしいというのが本音である。
「そうか……。分かった。今後、九郎君には会わせないよう、配慮する」
「ええ。それでお願いします」
そんな訳で、この件は無事に解決。
この時だけはそんな事を考えていた。
……しかしその後も奇妙な縁で史郎と微妙な関係が続くのだが、そんな事は全く想像できなかったのである。
ストレスによる、幼児退行。
いったい、史郎に何があったのか?
親父さんに説明してもらったが、それは微妙に納得がいかない話だった。
「なんだかんだ言って、史郎は九郎君に甘えていたんだよ」
これまでの史郎が上手くいっていたのは、俺のサポートがあったからだと親父さんは言うけど。
けど、それって俺がストレス発散のサンドバッグにされてたって事じゃないか?
そう思ったけど、そんな事は口にせず、大人しく話を聞く事にした。
「冒険者時代の話を聞いていて、九郎君は尖った構成の仲間たちの中で、上手くバランスを取るように働いていたと言っていたよ。九郎君はパーティの潤滑油のような存在だったんだろうね。
いくら優秀な人間が集まっても、組織としてのまとまりが無くなれば烏合の衆だ。史郎だけではパーティの形を維持できなかったんだ。だから上手くいかなくなって、パーティは瓦解した。
そうなるまでの間、史郎はどんどん追い詰められていったのだろう。親として、それに気が付けなかったのは痛恨の極みだよ」
……どうだろう?
俺はオールラウンダーや万能と言うよりは器用貧乏と称されるタイプで、苦手が無い反面、得意な分野も無い。
メンバーの全員と同じ役割をこなせるけど、仲間の能力を100とするなら、俺は精々60ぐらい。
出番は多いけど、一つ一つの仕事の受け持ち自体はそう多くはなかった。
パーティメンバーの入れ替えが少ない業界ではあるが、悪評さえ無ければ新メンバーを探す事もできたんじゃないかな。
俺じゃないと駄目だとか、俺が居ないと駄目って程ではなかったと思うよ?
史郎が上手くいかなくなったのは、正義マンのせいで心に余裕がなくなった、仕事の準備に時間がかけられなくなったとかじゃないかな。
仕事のできは準備段階で決まるから、そこが疎かになればドンドン状況が悪化していき、パーティの空気まで悪化して、負のスパイラルが完成するわけだ。
俺が居なくなったのが原因とは、さすがに言い過ぎだと思う。
これは別に、俺が原因だからと、責任を負わされるのが嫌だとか、そんな話ではない。
仕事に関しては本当に俺が要因と思わないだけだ。
その前の、正義マンに追い込まれた所には関わっているし、原因の一つと認めるよ。
しかしパーティの中でそこまで重要な存在だったとは思っていないし、考えられない。
そこまで腕を買ってもらえるほど、俺は凄くないのだ。
そんな言葉は謙遜と取られるだろうから、わざわざ口にしない。
否定も肯定もしない。たぶん、これは俺の反応待ちだ。
史郎を俺に関わらせないとは言質を取っているけど、下手な事を言えば冒険者パーティ復帰を勧められそうなので、こんな話は流してしまうに限る。
「俺も史郎も、まだ若い。いくらでも再起できるし、冒険者を辞めたとしても、俺みたいに新しい道はいくらでもありますよ。
そのためにも、今は静養だけを考えた方が良いですね」
「そうだね。パーティは解散しているんだから、もう冒険者として再起するのは難しいし、親としては諦めさせた方がいいのかもしれない。
今の史郎はまだそんな決断ができる状態じゃないから、当面はそのままでいさせるけどね」
一応、冒険者を辞めさせるように勧めてみる。
春菜ちゃんの病気さえ治れば史郎の視野も広がるだろうし、それからまた、先の事を考えていけばいい。
さっさと話をまとめようとする俺に対して親父さんは慎重な意見を口にするが、声の雰囲気からすると、史郎には冒険者を続けさせるのもアリだと考えている様子だった。
なんでだ?
それからしばらくは平和な時間が過ぎていき、大きな変化も無いまま、2年が過ぎた。




