史郎③
それにしても、史郎をどうしようかな。
まず、工場に招き入れる気は無い。
工場に招き入れた場合、史郎は「不審者・不法侵入者」から「客」になってしまう。
一度でもそういった事実を作るとあとが面倒くさくなるので、こちらの発言としては「帰れ」と言って追い返そうとするしかない。
ただ、本当に帰られると史郎の母親に引き取ってもらう約束が果たせなくなる。
できれば今後の安全を考慮し、史郎は親に回収してもらいたい。
無駄に波風を立てるよりも、穏当に済ませる方がこちらとしては得なのだ。そのためにも、しばらくこの付近にとどまらせる方が都合が良い。
本当ならどこかの喫茶店にでも連れて行くのだが、今の史郎は不衛生な不審者スタイル。
これでそういった店に連れて行ったら、店の営業妨害になって俺が怒られてしまうよ。
こいつ、そこまで考えて汚くて臭い格好をしているのかと言いたくなるけど、多分、素である。
史郎は考えてこういうことをするタイプではないのだ。どちらかと言えば、善人寄りの思考回路だからな。今は怪しいけど、暴力に訴えないところを見ると、まだ壊れてはいないんだろうな。
俺のミッションは、史郎の足止め。
言葉巧みに話を長引かせ、時間を稼ぎ、史郎の母親が来るまで史郎を逃がさないことだ。
しかし残念ながら、俺は言葉遊びとかはあまり得意な分野ではない。
そういった会話スキルが高いのなら、元冒険者仲間ともっと上手くやっていただろう。それが出来ていない時点で俺の会話スキルの高さなど、お察しレベルだ。
コミュ障ではないが、空気を読むのはあまり上手くないんだよ。
「結局、さ。お前はどうしたいんだよ」
考えた末に、俺は踏み込んだ発言をすることにした。
下手をすると史朗が暴発しかねない話題だが、一回聞いておきたかったので、史郎の目的を確認しておくことにした。
「俺の行動に不満があって、俺の所に来た。そこまでは分かるよ。
で、お前は、俺と会って何がしたかったんだ? 俺に手を引けって話なのか? 春菜ちゃんを見捨ててしまえとでも言う気だったのか?
それとも、ただ単に俺が気に食わないから、殴りに来たとかそういう要件か?」
推測では、「何も考えていない」「ここに来ればとにかく事態が好転すると思った」あたりが正解なんだけど。
それでも一応、史郎の口から何がしたかったのかを説明させたい。
それで今後の対応も変わる。
「黙りかよ」
そう。聞いてみたのだ。
しかし史郎は何も言わず、俺から目を逸らした。
本当に衝動的にここに来ただけのようで、深い考えなど見えやしない。
今の史郎は、きまりが悪そうにする、悪戯をしたのがバレて怒られている子供のように見えた。
この場合、俺はどうするのが正解だろう。
俺はやはり、今の史郎と関わることに面倒くささしか感じないし、これ以上の話し合いは無駄としか思えなくなっている。
幼馴染みではあるが、だからどうしたと言い切れてしまうほど、感情が冷めている。
所詮は他人と、そういう話ではない。
他人未満だ。
他人はこれから知り合い仲良くなるかもしれないけど、こいつとは付き合いが長い分、リカバリーが不可能だ。
俺は遠野史郎という男を知っているからこそ、期待できなくなっている。
長い付き合いで作り上げた関係が壊れてしまうと、心の溝はそれだけ深くなる。
俺はもう史郎を見捨てているのだと、深く実感した。
同時に、史郎も俺と仲良くできないのだろうなと、そんな風にも感じてしまった。
気まずい沈黙が長く続く。
俺は何がしたいのかを聞いたままで、それ以上何も言わない。
史郎は俺の視線から逃れるように目を逸らしてはいるものの、なぜかここから離れようとはしない。
結果、会話などしなくても、足止めができている。
五分、十分と、時間が過ぎて。
「史郎ちゃん!!」
ようやく、史郎の母親が現れた。
史郎の母親はタクシーでやって来たのだが、タクシー会社の車はそのまま待機。
小汚い格好の史郎を乗せていってくれるようだ。
俺はそっとこの場を離れ、タクシーの運ちゃんに万札を一枚渡す。車内清掃費用である。これから迷惑をかけるのだから、仕方が無い。
母親の方は、史郎の相手が大変だろうから、そこまで気が回らないかもしれないしね。
「ごめんね、史郎ちゃんがそんなに思い詰めているなんて思わなかったから。ちゃんとお話を聞いてあげられなくて、ごめんなさいね」
親にしてみれば、子供は子供。
成人していようが、お構いなしに抱きしめて甘やかす。
……いや、史郎ももう24歳なんだし。そこまで子供扱いしないでやって欲しいんだけど。厳しくするのは親父さんに期待かなぁ。
「こういう事はしちゃいけないのよ。お母さんも一緒に謝ってあげるから。クロちゃんに謝ろう。ね?」
「え……」
甘やかしはするものの、道理は説くようで、母親は今回の行動が俺に対する迷惑行為だったと言って、この場で史郎に頭を下げるようにと主張した。
そこで、それまで気まずげだった史郎の顔が歪み、声が漏れた。
裏切られた。そんな顔である。
「よそ様の敷地に、勝手に入ったら駄目なのよ。だから、謝らなきゃ駄目なの」
俺にしてみれば、母親が言っていることはごくごく当たり前の話。いや、世間一般の常識だよ。
ただ、今の史郎には理解できても納得できなかった話のようで。
「……嫌だ」
「史郎ちゃん!」
「九朗に、頭なんか下げたくない!!」
「待って!!」
史郎は母親の制止も振り切って、走って逃げ出した。
完全に幼い子供のような行動である。
「史郎ちゃーーん!!」
走り去る息子の背中に向けて声を張り上げる母親。
どこかで見た、ドラマのようなワンシーンだが、当事者としては気分が悪くなる話でしかない。
どうするんだよ、これ?




