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俺はこうして試された

 やる気の起きない試行錯誤よりも、足場固めが先だろう。



「こんにちは。先日連絡をした、一文字です」

「ああ、一文字さんね。いらっしゃいませ」


 俺は、自作したインゴットを多数抱え、県内にある工業系の大学に足を運んだ。

 ここの機械システム学科の准教授に、インゴットの機械特性試験を依頼するためだ。

 素人の俺が何かするより、こういった分野の専門家に鑑定や相談を依頼した方が今後のためになるからだ。


 ぶっちゃけてしまえば、「素人の上手くできた」がプロの目にどう映るかなど考えるまでもない。

 普通に商品価値の無い物を作ったと言われて終了である。


 だけどどこがどう悪く、どのような工夫をするべきなのか助言を頂ければ、多少はマシになるはず。

 厳しい意見を恐れず、正面から批判を受け止めてこそ、人は成長するものだ。

 世の中には褒めて伸ばすという方法もあるにはあるけど、自分がその段階に至っていないのは分かっているんだ。良い所を探す苦労をさせるより、分かりやすくダメな点を指摘してもらおう。



 俺は研究資金を少し包んで渡し、特急でインゴットの鑑定をお願いした。

 今回限りではなく、継続的な関係を求めての事だ。


 応対してくれた准教授は、とても良い笑顔で仕事を引き受けてくれたよ。

 大学の研究室って、准教授に政治力が無いと研究費用が引っ張ってこれないらしいからね。こういった臨時収入は大歓迎なんだろう。





 で、物を渡して3日後。


「簡単な特性試験が終了しました」


 メールで准教授から一次調査終了の連絡が来た。

 俺は毎日が日曜日なので、すぐにもう一度大学へ行く事にする。


 駐車場に車を止め、門の所で受付を行い来訪目的を記入。来客証明証と入門許可証を発行してもらう。

 手続きをしたら大学の門から前回も通った道を歩き、研究室に顔を出した。



 研究所に入ると、コーヒーの匂いが漂ってきた。

 濃いコーヒーの匂いに、どれだけ徹夜(コーヒー)(飲み)ながら研究をしているんだと苦笑いをしてしまう。

 准教授はかなり急いでくれたようだ。



「わざわざ来ていただいてすみません。本当なら僕がそちらに窺うべきですのに」

「いえいえ。あの辺りは道が分かりにくく大変ですから。ここは私が動くべきですよ」


 研究室に入ると、研究室に所属している学生さんが准教授を呼びに行ってくれた。

 そしてこの研究室の室長、『及川(おいかわ) 信夫(のぶお)』准教授が走ってやって来た。


 及川准教授は現在45歳で、10年前にこの大学の准教授になった人だ。

 少子化の影響もあり、大学の教授や准教授といった役職は席が少なく簡単にはなれなくなっている。その准教授に35歳でなれたという事は、たぶん優秀な部類に入るだろうと思う。

 見た目は線の細い、気弱そうな男性である。が、


 専門分野はロボット関連で、マテリアル系、材料関連は本職ではないものの、機械材料や材料工学も研究分野に含まれるというので今回の依頼をした。



 その及川准教授は俺がスポンサーという事もあり、下にも置かない様な対応をしてくれる。

 手土産のお菓子を学生さんに渡すと、俺は及川准教授と向かい合うように座った。


「まず、こちらのレポートをご覧下さい」


 取り出されたレポートには、渡したインゴットの試験結果が載っている。


 不純物が多いだとか、そういった駄目出しを始め、インゴットの状態を評価したものが最初の方。

 続けて強度・熱伝導性・導電性・展延性・溶融性・光沢という金属の基本特性が、一般的に販売されている鉄と比較した状態で、つらつらと書かれている。

 最終的に、だいたいのシチュエーションにおいて鉄を使った方がよほどマシと結ばれていた。



「酷いですね」

「まぁ、こんなものでしょう。こういった結果にならないのであれば、多くの国がダンジョンを鉱山として開発しているでしょうから」


 及川准教授はスポンサーである俺を相手に機嫌をとる事はせず、数字を偽らないでこちらに結果を提出した。

 この数字は厳しい物だが、それを望んだのは俺自身である。受け止めるしかない。


「金属の精製が甘いのは、溶鉱炉の温度設定が高すぎるからですね。炉は高温であれば良いというものではなく、適切な温度で管理する必要があります。まずは最適な温度を調べる所から始めましょう。そこが上手くいけば、純度がかなり高くできますし、不純物も減ります。

 その後は冷却手段も最適化して、結晶化を安定させることができれば、これらの数値は大きく改善できるはずです。

 まずはちゃんとしたインゴットにできるようにならないと。今のままでは話になりませんからね」


 及川准教授は物腰柔らかいが、こちらの心情に斟酌しない言葉をぶつけてくる。

 悪い言葉は使われていないが、何気にへこみそうになる。

 こちらが残念なのは分かっていたけど、本当に酷い結果だからな。



「現状は、スタートラインにすら辿り着いていません。それに純度が高くなったとしても、『ゴブリンメタル』の実用化など、夢のまた夢でしょう」


 『ゴブリンメタル』とは、俺が持ち込んだ金属の名称である。

 俺が言い出したわけではなく、俺の前に同じ事をした先人の作った言葉である。

 まんま(・・・)な名前なので覚えやすいと言われてしまえばそれまでであった。


「一文字さんは、それでもゴブリンメタルに拘りますか?」


 及川准教授は、今回の件で俺が少なくない金額を投資した事を知っている。

 その為、俺がここで退かないか、覚悟を問いかけてきた。

 今後も付き合いを持つのであれば、それは聞いておきたいところだろう。


「今の所は、そのつもりですよ。私が、いえ、俺がここで止めるなんてありえません」


 問いかけに対する答えは、「まだ続ける」というものだ。

 始めたばかりで止めるとか、さすがにそれは無いだろう。

 止めるとしても、1年か2年はやってからだ。ここで止めたら、溶鉱炉とか加熱炉とか、投資したお金がもっと勿体ないと思うし。


 何より、俺は挑戦をしているのだ。

 結果が出ると分っているなら、それは挑戦とは言わない。

 失敗する可能性があると知って、成功しないかもしれない事を受け入れて、鍛冶を始めたのだ。

 ちょっと駄目出しされたぐらいで止める理由もない。



「今後とも、よろしくお願いします」

「それはこちらの台詞です。ええ、今後もよろしくお願いします」


 まぁ、それもこれも、資金に余裕があるから言える事なんだけど。

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