史郎②
嫌な予感は当たるというか、最悪を想定しても、現実はそれを上回るというか。
史郎がやってきた。
俺が鴻上さんの工場に顔を出したところで。
「九朗!!」
駐車場に車を止め、工場に入ろうとしたところで、俺は史郎に名前を呼ばれた。
駐車場の周囲には「環境対策をしていますよ」と言うアピールのために木が植えてあったのだが、史郎はそこに隠れていたようだった。
「……不法侵入だな。あー、不審者です。摘まみ出してください」
「おい! 誰が不審者だ!」
「お前だよ、お前。もっとまともな服を着ろよ。風呂に入れ。余所の敷地に無断で入るな」
工場はそこそこ敷地が広いので、駐車場の付近は会社の敷地だ。
つまり、勝手に入り込んだ史郎は排除対象であった。
実際、史郎は家を飛び出してから着替えておらず、風呂にも入っていなかったようで、汚くて臭い。外見だけでも通報案件であった。
俺はすぐに警備員に電話をかけてもらい、人を集め、追い出そうと決めた。
俺自身は史郎の母親を呼ぶ話になっていたのでそっちにも電話をかけるけど、それより先に工場から追い出さないとな。
一応、後ろ手に持ったスマホで史郎の母に俺のGPS情報を送ってから、音量を最低にして通話状態にしておく。
これに気が付けば、急いでここに来るだろう。
……はぁ。
てっきり監視カメラで守られてる自宅の方に来ると思ったのに。なんで工場に来るかな。
予定が大幅に狂ったじゃないか。
工場の正門に詰めていた警備の人が駆け寄ってくるのを見ながらも、史郎の拘束は簡単ではないと分かりきっているので、俺はここからどうするかを考えるのだった。
正門の警備員は、どこにでもいるただのおじさんである。
実は謎の古流武術を会得した隠れた実力者で、現役冒険者と戦えるようなスーパー警備員などではない。
つまり、実力で不審者を排除できる力は無かった。
できる事と言えば、警棒を持って威嚇したり、防犯備品のカラーペイントボールで相手の逃亡を邪魔したりするぐらいである。
捕縛を目的としておらず、人の目がある状況を作るための人員であった。
「で、いったい何をしに来たんだよ」
だから警備員さんには契約している防犯会社への連絡をしてもらうだけで、あとは遠巻きに俺たちを眺めているだけだ。
今はそれで十分である。
「それは……」
俺は時間稼ぎのために史郎と会話をすることにした。
まずは、なんでここに来たんだと聞いてみる。
そこでどんな答えが返ってくるかと思えば、史郎は何も考えていなかったようである。
衝動的に俺の所にやってきて、俺に何か言いたかったんだろうけど、その言葉をすぐに思いつかないという醜態を演じた。
いや、本当になんでここに来たんだよ、こいつ。
思わず呆れた顔をした俺は悪くないと思う。
「まぁ、親父さんから話は聞いたよ。春菜ちゃんのことで何か言いに来たんだろ」
「そ、そうだ! なんでお前が今更手を出すんだよ!!」
このまま無言で時間を潰してもいんだけど、何も言わないでいるのも馬鹿らしくなったので、俺は史郎が喋れるように質問を重ねるのではなく、言葉を誘導することにした。
春菜ちゃんの名前を出して、突いてみる。
そこまでお膳立てすれば、史郎は我が意を得たりと、ようやく話に乗ってきた。
史郎の地頭は良かったはずなのに、どうにもこちらの調子が狂うぐらい、頭が悪くなっている。一年前のあの時もそうだったけど、どうにもらしくない。
見た目と相まって、「落ちぶれている」としか思えなかった。
「一度見捨てておいて、お前にそんなことをする権利があると思うなよ!!」
「あの時は、お前に任せておけばなんとかなるだろうって思ったから、手を引けたんだよ。
けどそのままにしたら、春菜ちゃんはずっと助からないと思うほど、お前が情けない様子だったんでな。親に頼まれた事も理由だけど、仕方が無いから手を貸すことにしたんだよ。
実際、今のお前が春菜ちゃんを助けようとしたら、あと何年かかると思う? それでも俺に手を出すなと?」
「そんな事は、な……い」
「せめて言い切れよ」
史郎の言動は大馬鹿野郎そのものだけど、こっちが言ったことを理解するだけの理性はまだ残っていたようだ。
感情任せに叫んだところにツッコミを入れると、一瞬で萎れ、言葉を無くした。
時枝とかから「今の史郎は何をしでかすか分からない」などと言われて警戒していたけど、思ったよりもまともじゃないか。
自制心は知らないけど、自省はできるみたいだからな。
これで暴力で相手を黙らせようとするとか、妄言を叫ぶだけのゴミ野郎に成り下がっていたなら、もう物理的に黙らせるしかなかったわけだし。言葉でどうにかできるなら、その方が良い。
殴りかかってきたなら、不法侵入に加え傷害罪も追加しなければいけなかったのだから。
息子が前科持ちになったとなれば、遠野の親御さんらに悪いもんな。
そうならないために、今は奔走しているのだから。
そういう風に、話を付けちゃったからな。
約束した以上、それはちゃんと守らないと。




