両親④
癌をも治す『霊薬』が高いのは、素材の希少性と高い加工難易度、そういった生産側の事情だけではない。
霊薬が、途轍もなく有用だからだ。
言葉は悪いが、霊薬の素材を集められる冒険者というのはそこそこいる。
冒険者歴5年の、俺が引退する前のパーティでも集められたのだから、人がいないわけではない。
ただ、最前線級の冒険者というのは、超高難易度ダンジョンに駆り出される。
一線級、腕の良い冒険者は、それよりも需要のある幻想金属の収集を依頼されている事が多い。オリハルコンとか、物理法則を無視するような金属は全く足りていないので、そっちが優先されるのだ。
で、それが手ごろな、当時の俺たちみたいな、霊薬の素材集めが適正なレベルの冒険者だけが霊薬の素材集めに奔走していたのである。
残念ながら1年経った今もその状況は変わっておらず、冒険者は需要を満たせていないわけだ。
そうやって素材が絞られ数が足りていない霊薬だが、市場に出回れば金持ちどもが買い占めて一般には流れてこない。
霊薬を入手できるのは、金持ちとそこから逃れられる特殊な伝手がある奴だけなのだ。
霊薬は若返り効果こそ無いものの、高齢者にも健康な体を取り戻させる力がある。
例えば杖が無いと歩けない人でも、霊薬があれば若い人と並んで歩けるぐらいの健脚にできる。曲がった腰も真っ直ぐになるし、アルツハイマーだって治せる。
中には頭皮を治し、フサフサの髪を取り戻したなどという使用例すらあった。さすがに人命の治療ができる霊薬をハゲの治療に使った人は大いに責められていたが、それでもこっそりと同じ事をする人間は後を絶たず、そのうち何人かは使用後に告発されていた。
すぐに使う予定が無くても、暗殺を警戒していたり保険が欲しいと考える者は金に糸目を付けず霊薬を求めるので、霊薬は円換算で億単位の、良い値段で取引されている。
霊薬は冒険者が一攫千金を狙える職業と誤解される、一番有名な成果物だった。
実際は、それを手に入れるために有効な装備品を整えるために金が飛んでいくので、命の危険がある事まで考えると、霊薬の素材集めはそこまで大きな稼ぎにならないというオチが付く。
結局、楽に稼げる仕事ではないから、頑張ろうという冒険者が少ないのが現実だ。
金に糸目をつけない連中が多いのに冒険者まで回ってくるお金が少ないのは不思議だが、きっとどこかで誰かが搾取しまくっているからだろうな。
そして霊薬の希少性を保ち、値崩れが起きないようにコントロールしているのだと言われている。
嘘か本当かは知らないけど、医療業界は霊薬の存在をあまり喜んでおらず、こんな物があると医療技術が廃れてしまい、医学の発展を遅らせるという理由から、霊薬をあまり生産させないようにしているとか。
実際、霊薬が大量生産され「困ったときは霊薬を使おう」などと言いだしてしまえば、医者を頼って難病を治そうなどとはしないだろう。
軽度の病気であれば霊薬を使う事も無いだろうが……俺自身、あまり良い事だと思えない。
困っている人がいて、助ける手段があるのだから、とは言えないんだよな。他人事のうちは。
もっとも、霊薬を量産するとか、そんなのはロボットの冒険者がその域に到達したとしても、難しいと思うけど。
特に足りていないのがダンジョンのボス級モンスターの素材だからな。簡単に用意できやしないのだ。
年末から年始にかけて、史郎を避けつつゆっくりした後は、慌ただしく動き出した。
「史郎が集めた素材があるから、足りないのを買うだけなら2~3億で足りると思う。あとは加工費とか考えて、全部で5億もあればいいよ。
で、いくら貸せばいい?」
大金のやり取りなので、ちゃんとした借用書を作り、弁護士に書類のコピーを預け、返済までの流れを明確化した。
こういう所をなあなあで済ませるとだいたいロクでもない事になるとは、及川准教授の言だ。
金銭感覚がシビアな准教授の助言に従い、5億円を貸し出した。
金の貸し借りは個人間のやり取りではある。
ただ、金額が大きいと、どうしても税金の問題が出てくるので、霊薬を作るところまで俺が動き、金銭のやり取りを発生させないように動く。
下手に金銭を動かせば贈与税とかで2割持っていかれるのだ。
俺が個人的に霊薬の素材買い付けをすれば無駄な税金は発生しない。霊薬の発注まで一括でウチの両親が動き、節税に努める。
俺の親だからね。俺の代理人として金を動かしたところで、法的にはギリギリセーフなのだ。
完成した霊薬を売ってくれという話になるだろうから、そっちの対応は俺が受け持つ事にした。
これに関しては史郎にも俺が動いている事を伝え、隠したりはしない。
何もかも隠すより、少しは情報を与えた方が良いだろうという、両親たちの判断だ。
「これを機に、仲直りできればいいんだが。時間をかけて話をしておく。……ただ、あまり期待はしないでくれ」
「いや、期待も何も、もう仲良くしようと考えてないよ」
「それでも、だ。昔のようにならなくてもいい。ただ、いがみ合わないでいて欲しいんだ。史郎君を避け続けるのは、負担だろう?」
お節介が過ぎる人たちだとは思ったが、強く反対するところでも無かったので、面倒臭そうといった風を装い、頷いておいた。
まぁ、いつもの両親たちだと思ったよ。人の善性を信じているって意味で。
素材が揃ったとしても、霊薬ができるまで時間がかかる。
その間、無事であればそれでいい。
今後も史郎とは縁を切ったままで、俺は個人用ダンジョンの近くで静かに過ごせばいいのだ。
その為にも史郎が暴発しないよう、春菜ちゃんには健康になってもらう。それだけなのだ。
それはとても難しい願いだと、俺は何となく分かっていた。




