両親③
仕組まれた昼食会は、俺を巻き込みながら、始終和やかであった。
史郎の話題は持ち出されず、俺の近況を中心に盛り上がる。
「じゃあ、順調なんだな」
「そうそう。今のところ、大幅な黒字だよ」
仕事の話。
将来を考え、冒険者を辞めた俺に収入がちゃんとあるのか気にしていた。
「へぇ。でも、頼るだけじゃ駄目よ。クロちゃんも自分で栄養を考えて、自炊しなきゃ」
「買うだけでも栄養を考えれば大丈夫だって」
私生活の話。
掃除や洗濯の話はすぐに終わるが、食事には細かく口出しされる。
他にも俺を公私にわたって助けてくれる四宮教授の事も、当たり障りのないように伝えている。
さすがに四宮教授の家の事情を勝手に話したりはしないよ。常識的に考えて、娘さんの話とかは俺が喋っちゃいけない事だろう。
どちらの両親も興味を持っていたようだが、そこはちゃんと笑顔で跳ね除けたよ。
食後、お茶を飲みながらマッタリした時間が訪れると、うちの親父が口火を切った。
「九郎。気が付いていると思うが……」
「春菜ちゃんの話だろ。分かってるし、お金を出すのは構わないよ」
「……そうだ。頼めるか?」
ただ、言い難そうにしていたので、こっちで話を進めた。
今回の帰省だけど、ただ、俺の顔を見たいだけとは思っていなかった。
たぶんも何も、最初から病に苦しむ春菜ちゃんのためにお金を出してほしいという話をすると思っていた。
まぁ、ウチの親なら身内ということで頼み込めば俺がお金を出すだろうと考えても不思議ではないし、実際に俺自身はお金を出してもいいと考えている。
人の生き死にに関わる話なので、俺の個人財産からお金を出すだけなら問題ない。
これまでそうしなかったのは、史郎が頑張っていたので、半年か一年もあれば史郎がどうにかするだろうと思っていただけである。
今の史郎に期待できないのであれば、俺がどうにかするしかあるまい。
問題は、史郎の心の話だけ。
「けど、俺が金を出したとは言わないでくださいね。俺の存在を担保にして、銀行に借金をしたとでも言ってください。ここで俺が金を出したと知られれば、面倒な事になるのは目に見えていますから。
まぁ、それでも史郎のプライドはズタボロになると思いますが」
両親たちがすぐに俺に話をしなかったのは、史郎のためだろう。
俺と史郎がゴタゴタした一年前の当時は頼みにくかったのもあっただろうが、その後はまだ、史郎が春菜ちゃんを助けるのが最善だと思っていたはず。
心労が酷かった時に「お前に任せていると何時になるかわからないから、春菜のために九郎君に頭を下げてくる」などと言おうものなら、史郎の心が壊れていたかもしれないのだ。
春菜ちゃんの事が心配だし大切なのは間違いないが、だからといって史郎を蔑ろにしていい理由にはならない。
史郎のプライドを保ち、春菜ちゃんを救えるなら、それがベターなのだ。
……ベストは当時の俺が我慢して、さっさと史郎と和解をした上で春菜ちゃんを助ける事なのだが、さすがにそれは無理な相談である。
当時の俺の心境からすれば、史郎に謝られた所で何も感じないし、どうでも良かったのである。
史郎に対して怒ってはいなかったと思うが、ネットの向こうで死んだ誰かのニュースを聞くぐらいの感情しか持てず、昔の俺は金を出そうとしなかったと断言できる。
一年という冷却期間があったからこそ、冷静に春菜ちゃんの話ができるのだった。
「まぁ、無償で出してもいいんですけどね。無利息の借金って形でお金を渡して、返済は史郎に稼がせれば最低限の面目は保てると思うわけですよ。
そんなわけで、俺と春菜ちゃんの結婚とか、そんな話は考えないでくださいね」
事前に予想をしていたので、多少は案を考えてきたよ。
で、俺にとって都合のいい提案をしておく。
あとで俺が多少の妥協をするために、少し踏み込み、都合の良すぎるぐらいの要求を突き付けておくぐらいがちょうどいい。
最終的に俺に面倒がないようにするため、借金の利息で俺が利益を出すとかぐらいは受け入れるよ。
何もかもこちらの要望を通すのではなく、相手の気持ちを考えて、親の面子を大きく潰すような真似はしない。
借金の段階で泥付きになってるけど、そこから更に追撃するほど俺は鬼畜ではないのだ。
案の定、春菜ちゃんとの結婚は考えていたようだ。
本人の気持ちを無視したものではなく、ちゃんと春菜ちゃんに意思確認をしていると言うけど、それはアウトだろ。
春菜ちゃんの交友範囲は狭いので、病気を直したあと、大学に通い、卒業してから考え直してほしい。
今の春菜ちゃんは、世界が狭すぎるのだから。
「迷惑をかけた分は、きちんとさせて欲しい」
それと、借金はちゃんと利息も払うと言っていたので、それは受け入れた。
結婚話が流れた以上、迷惑料の一つも払わずに済ませるのは人の道から外れた行為だというのが史郎の両親の主張である。
あとは史郎を上手く誤魔化し、最後の素材を購入し、霊薬を作らせるだけだ。
本当に、俺に迷惑がかからないよう、キッチリしてほしいな。
俺が帰ってきた段階で色々と想像されるし、難しいとは思うけど。それでもどうにかしてくれよと、俺は信じてもいない神様に祈るのだった。




