両親②
年末、12月30日に実家に顔を出した。
車を運転しながら眺める街は、たった1年と少しでずいぶん変わっていた。
実家の近所にはしばらく顔を出していなかったので、近所にあった店が潰れていたとか、空き家ができていたり、誰か引っ越してきたのか逆に新築の家があったりと、小さな変化が目に付く。
どんな街も、変わらないようで変わっていく。少しだけ、街と一緒に歩めなかった時間を寂しいと思った。
俺の実家は、そこそこ新しくて大きいマンションである。
俺は一人っ子だが、弟か妹ができてもいいようにと、部屋の数が多い。色々とあって、二人目以降が望めなくなった、らしい。細かい事情は聞いていない。
そんな理由もあってか、ウチの両親は仲の良いお隣さんである遠野家と付き合いが深く、俺は史郎たち兄妹とひとまとめに育てられたわけだ。
「ただい……」
「クロちゃん、おかえりー!!」
「ま、ってさ。そろそろちゃん付けは止めてくれよ」
家のドアを開け、中に居るだろう両親に声をかけようとする。
すると、俺が「ただいま」と言い終えるよりも早く母さんが現れ、俺に抱きついてきた。
母さんはいつまで経っても俺の事を「ちゃん付け」する困った人だ。
歳を考えろと言いたくなるが、言ったらマジで泣きそうだから無駄な抵抗をする以外、何も言えないでいる。
クラスメイトに聞いた話では、こういった親はそれなりに居るそうだから、諦めるしかないんだろうな……。
着いたのは昼前で、帰ってきて早々に昼飯の時間である。
「たくさん食べてね」
1年ぶりに帰ってきた俺を歓迎しようと、母さんは大量の料理を用意していた。明らかに3人前ではない。メインらしき出前の寿司とかあるんだけど、それだけで3人分もあり、唐揚げとか鍋とか、他にも色々とある。はりきり過ぎだろ……。
本来なら、親父が暴走する母さんを止めるもんなんだろうけど。この親父、俺が責めるような視線を向けたら、そっと目を逸らしやがった。役に立たないなぁ!
「母さん、作りすぎ。こんなに食えないよ」
仕方が無いので、俺が苦言を呈する事になった。
しかし、それは失策だった。
「あら、そう? じゃあ、お隣さんも呼びましょうね」
それが狙いか!!
面倒な事に、母さんは料理をわざとたくさん用意していたのだ。
親父が何も言わないのも、それが仕込みだったからで、親父は“役立たず”ではなく“裏切り者”だったというわけだ。これは俺のツッコミ待ちだったのである。
そうとも知らず、自分で罠を踏み抜いてしまった。
遠野家と顔を合わせたくないからと、ただ反対するだけでは駄目なのだ。ここで反対するなら、目の前の料理をどうするのか、対案を用意しないといけない。
母さんの奴、言い出したのが俺である以上、断りにくいやり方で俺を嵌めやがった。なんて汚い。
遠野家、特に史郎の奴とは顔を合わせたくない。
史郎に思うところなど無いなんて、きれい事は言えない。思うところはある。
そしてそれ以上に、史郎は俺を恨んでいると聞いているし、何をしでかすか分からないからだ。
予想される最悪の事態、家の中で戦闘になった場合は、どうやって史郎を無力化すれば良いのか。
母さんは遠野家の面々に俺を引き合わせられると無邪気に喜んでいるが、こっちはどうしてもそんな気分になれない。
俺は胃が痛くなって顔をゆがめるのだった。
「九朗君、久しぶり」
「活躍は聞いているわよ」
胃痛を堪えて来客を出迎えると、俺の予想に反し、史郎は現れなかった。
来たのは史郎の両親だけだった。
史郎の両親はほぼ毎年ある娘の手術費用を捻出できる程度に稼いでいる人たちで、ピシッとした、ちゃんとした服を着ている。一言で言い表すなら、“上品な人”というわけだ。
金持ちである事を自慢したりしないし、庶民サイドのこっちの生活に理解もあるし、付き合いやすい人たちでもあるんだけどね。
両親と同じぐらい子供の頃の俺を知っているので、あまり一緒に居たくない人たちでもある。親相手なら突っ込める事も、この人たちが相手だと言いにくいんだよ……。
「史郎の奴は、病院にいるよ。年末年始は春菜のそばに居るんだって言って聞かなかったからね。面会時間ギリギリまでこっちには戻ってこないよ」
すると、俺の表情を読んだのだろう。史郎の父は苦笑すると、種明かしをしてくれた。
この人たちは史郎と一緒に暮らしているわけだから、史郎の現状が分からないなんて事は無いはずだ。
だから、ここに史郎を連れてこなかった。
その程度の配慮はすると、そこまで考え無しじゃないよと言っているのだ。
……俺はてっきり、仲直りの場を整えるために、こんな仕込みをしたのだと思ったよ。
普通に言ってくれれば、反対しなかったさ!! こんな仕込み、小ネタなんか要らないよ!!




