野犬退治⑥
陣地一つで、戦闘はぐっと楽になる。
壁が有る所と無い所。人間ならともかく、知能の低いタイプのモンスターは何も考えずに「壁の無い所」を目指してくるからだ。
結果、陣地の入り口に敵はやって来るし、こちらは入り口の少し内側で入ってきた奴を囲むように“処分”するだけの、簡単な作業になる。
それに、モンスターは死体が残らない。
死体が積み重なって邪魔になる、悪臭を放つといった事も無いから、戦闘だったはずの行為は本当にただの作業になりさがる。
「左、敵3体来ます。全部犬です。右、敵影無し」
あとはドローンで空中から全体を監視すると、緊張を緩めるタイミングも得られるので、体力の消耗も少なくて済む。
事前準備をしているかどうかで、ダンジョンの戦闘難易度は全く変わる。
これぐらい戦闘が楽なら、他の人を呼んでも良いだろう。
俺はそのように判断し、テレビクルーをダンジョンに招き入れるのだった。
「凄いねぇ! ダンジョン内も、こうすれば安全に戦えるとか!」
「狭くて申し訳ありません。でも、あんまり広げすぎると陣地の内部にモンスターが湧くので、広げ過ぎには注意しないといけないんですよ」
テレビクルーの中にも冒険者資格を持っている人はいるけど、大半は冒険者資格を持っておらず、今日がダンジョンデビューという人も大勢いる。
一般人の彼らにモンスターとの戦闘経験があるはずもなく、初めて生で見るモンスターとの戦闘に血の気が引いて、顔色を悪くした人もいた。
最初は大丈夫だと思っていても、少し経ってからダウンする人もいた。
「うーん。さすがにこれは放送できないねー。
でも、映像資料としては貴重だから残しちゃう!」
番組のディレクターさんは年齢を理由に冒険者資格を持たない一般人のはずだが、血の臭いにも慣れているという変わり種である。若いころ、戦場リポーターをやっていたのが自慢だと言っていた。
彼にとってはこの程度の戦闘など、ビビるほどの迫力も何もないらしい。
ただ、血に慣れていないスタッフを見れば、これは放送できない光景だと笑うぐらいの判断力があったようだ。
俺以外はロボットだが、それでもちゃんとした機材で冒険者が戦う所を撮る機会というのは、滅多にないわけで。ディレクターさんは嬉々として自分でカメラを回していた。
……カメラマンも、半数が戦闘の圧に耐えられず、ダウンしていたのである。
「はー。これ、モンスターだけカットしたら、番組で流せるかなー。あ、ロングレンジで撮れば使えるかも?
ねぇ、一文字君。ちょっと、あっちの方で戦ってもらうのは可能かな? ここからみんなが戦っている所を撮影したいんだけど」
しばらく撮影をして満足したディレクターさんだが、一つの事に満足した後は、別の欲求が湧き出てしまったようだ。
こちらにリスクのあるお願いをしてきた。
「ええ、構いませんよ」
普通なら、「せっかく安全な所で戦えるのに、なんでわざわざ危険な事をしなきゃいけないんだ」と突っぱねるべきかもしれないけど、敵の戦闘能力はだいたい分かった。それぐらいなら問題ないので、俺は軽い態度でお願いに応える。
陣地はタイタンに任せても大丈夫だろうし、念のため唐辛子スプレーで近辺をぐるっと一周、刺激臭をさせておけば大丈夫のはず。
俺は自身の心配よりも、陣地の方を気にかけつつ、ダンジョンの奥を目指して歩いて行った。
今回のような平原タイプのフィールドでは、モンスターの接近は察知しやすいようで、察知し難い。
と言うのも、足元には草が覆い茂っているので、草むらに隠れた犬型モンスターに奇襲をされる事があるからだ。
ただ、それは俺の様な人間が、視界のみで索敵をしている時に限る。
「おー。お見事」
先に進むよう草むらを歩いていると、晴海が前に出て隠れていたモンスターを串刺しにした。
視認だけではなく、多様なセンサーを装備した光織たちには通じない。
今回は晴海だったが、三人は危なげなくモンスターを屠っている。
モンスターは隠密能力に優れた面もあるけど、その隠密が機械類のセンサーに対応したものではないため、光織たちの目には全く隠れているようには見えないのである。
普通の人はダンジョンにロボットが攻めてくるなどと考えないから、対策が漏れたんだろうね。いや、真実はよく分からないけど。
面倒なのは、数を頼みに攻められた時ぐらいだ。
「おや?」
入り口の陣地から徒歩で20分ほどまっすぐ進んだあたり。
そこで老いた犬のような、「何でこんなのがここに居るんだろう?」と言いたくなる犬がこちらを襲おうとした。
それを六花が串刺しにしたところ、死体が消えなかった。
生きた、ただの犬のようだった。
モンスターではない犬がいる。
ダンジョンとはいえ、入り口が山の中なので、そういう事もあるだろう。
俺はこの時、迷い込んだ犬を殺してしまったのかと、その程度に軽く考えた。




