野犬退治④
新しいダンジョンへの対策は完璧なのか?
この問い掛けは、人の不安を大いに煽ってしまう。それを嫌う人間ほど、「大丈夫だ」と、無責任に言い放つ。
彼らはそうやって恐怖から目を逸らさないと、生きていけないからだ。
「でも、何もしない方がよっぽど怖いんだよ」
「そうだね。何もしなければ、何かが遭った時に、何もできずに終わるのだからね。用心は大切なのだよ」
俺の目には、それは自殺のように見える。
怖いと思うから、どうにかしようと足掻くのだ。何もしていないでいると落ち着かない。
少なくとも、自分が大丈夫と信じられるだけのものが欲しい。
今のやり方が間違っているわけではない。これはこれで、ちゃんと実績があるのだ。
しかし、これまでの対策で見付けられないダンジョンがどこかにあると、俺は知っている。
今の対策だけでは駄目だと分かっているからこそ、御上が動いてくれないからこそ、自分で新しい対策をするのだ。
山を歩いて探し回るのは、あまり効率が良くない。
ダンジョンの入り口は視認できるから、ドローンを使い空から探し回るのが良いだろう。そしてドローンでは調べられないポイントだけ、俺が歩いて見に行こう。
基本はそれでいいはずだ。
「ん? どうした?」
そうやって行動方針を立て、動こうとした俺の服を光織が掴んだ。
何か伝えたいと、そう言っているようだ。
「光織たちも、ダンジョンを探してくれるのか?」
この状況で伝えたい事など限られている。
未発見ダンジョンの事だろうと当たりをつけて聞いてみる。
すると光織は嬉しそうに頷き、そのとおりだと言っているような顔をする。ロボットだけど。
まぁ、手を貸してくれるならありがたい。
「ありがとうな、光織」
俺は感謝の気持を込めて光織の頭を撫でる。
子供扱いのようだが、なんとなく、そうするべきだと思ったのだ。
光織を撫で終わり、さぁ仕事だと気持ちを切り替えようとしたら、今度は立花と晴海が俺を捕まえた。
二人は俺の腕をそれぞれ掴んで、手を自分の頭の上に乗せた。
「そうだな。三人とも手伝ってくれるんだから、光織ばかり贔屓は駄目だよな」
二人の行動は平等に扱えという、かわいい嫉妬かなにかのようだ。
思わず吹き出しそうになりながら、ご機嫌を取るようにちゃんと二人の頭も撫でる。
「よし! じゃあ、三人とも、よろしく頼むよ」
そうして若干光織より二人を多めに撫でて、これで終わりだと宣言する。
光織がどこか恨めしそうな雰囲気だったが、それは気が付かないふりをする事にした。
いつまでも頭を撫で続けてはいられない。ここからは仕事の時間である。
「三人はモンスターを倒した場所を中心に、怪しいと思う所を探ってみてくれ。細かい指示は出さない。
見付かったら、俺に連絡をするように。間違っても三人だけでダンジョンに入らないように」
俺は予定に無かった三人を、自由にさせると決めた。
光織たちがすぐに動くとしても、ドローンで見にくかった場所の選定前なので、どこを動けばいいかは決められない。
ならばいっそ、最初は自由にやらせようという訳だ。
戦える三人がモンスターに後れを取るとは思えなかったので、スマホを渡し、最低限の注意だけをして送り出す。
三人は俺抜きでダンジョンに入ろうとはしないので、こんな事を言わなくても大丈夫なんだけど、形式というやつだ。
もちろん俺はドローン操作のために家に居残りである。
「支倉さんの土地も見ないといけないし。効率よくやらないとね」
山に向かう三人の背中が見えなくなった。
そんなわけで、俺は複数のドローンを操作して、ダンジョン探しを始めるのだった。
「そういえば、野犬はダンジョンのモンスターじゃなかったんだよな。
モンスターと野犬が一緒に行動していた? そんな話、聞いた事が無いんだけど。あり得るのか?」
ブラック無糖のコーヒーを飲みながら、ディスプレイとにらめっこ。
ドローンが撮った映像は、後で四宮教授も確認する。
俺がリアルタイムで確認するのは、ちょっとした時短のためでしかない。
大事なチェックは複数回、それぞれ違う人間がやるものだと言ったのは鴻上さん。
工業製品における検品の考え方らしいが、同じ人間が何度もやるより違和感の発見をしやすいそうだ。
そんな確認作業をしながらも、今回のモンスターの特異性について考える。
口に出す事で情報を整理しつつ、頭を使う。
ちゃんとチェックをしろと怒られそうだが、これを考えるのも大事な事だ。
「野犬だけなのか? 他の動物は?
そもそも、モンスターはどんな目的で動いていた?」
これまでにない行動をとるモンスター。
ダンジョンの外で、いったい何をしているのか。
疑問は尽きず、俺はチェックに集中せず、ずっと考え事をしていた。




