野犬退治①
昼のうちに日課のダンジョン攻略などを終え、久しぶりにダンジョン前のコンテナハウスではなく、山の中腹にある家に帰って来た。
四宮教授と及川准教授は手を貸してくれない。
四宮教授はタイタンのメンテと植物の世話。及川准教授はやる事をやったらここから家に帰らねばならないので、あまり長居できない。
それぞれ抱えている仕事やプライベートがあるので、こっちの事情に巻き込むような、無理な残業を強いるような真似は出来ないのである。
ここから夜警をするのだが、俺はその前にちょっと周辺の確認をすることにした。
ちょいちょいと、山に仕掛けられたカメラたちの録画映像を見て、野犬らしき動物がいないかを確認する。
カメラの数は結構あるけど、山全体をフォローできるほど設置したわけでもない。と言うか、そんなに設置してあったら確認作業だけで何人も人を呼ばなきゃいけなくなる。ある程度、人が通りやすそうな場所を選んで置いてあるだけだ。
つまりカメラの映像を確認するのは、「映ってたらいいな」程度の感覚でしかない。
「ビンゴ。人が通りやすければ、犬も通りやすいってね」
今回はそれが無駄足にならず、すぐに野犬の群れがいたのを見付けた。中型犬程度の大きさの野犬が数匹、カメラの端を通り過ぎていた。
録画映像なので過去の情報だが、それでも情報は情報だ。
映像に野犬が移った場所と時間をチェックし、他のカメラにも映っていないか探していく。
ひとつ見付かると、そこから連鎖的に野犬の映像が見つかるようになる。
相手の移動速度と進行方向から、映りそうなカメラと時間にある程度予測を立てられるようになったからだ。
「ここを狩場と定めたって事か。逃げないのはありがたい。
で、相手の数は最低5匹か。厄介だな」
カメラの映像から、相手の数を予測する。
すべてのカメラに野犬の群れ全体が映っているという訳ではなく、群の、ほんの一部だけが映っているというパターンもあり、正確な数は分からない。
ただ、大きさや毛皮の色など野犬の外見から、最低5匹は居るという推測ができた。
敵は、思ったよりも大きな群れだったようだ。
個々の戦力はこちらが確実に上だと言えるが、数が多い、逃げるかもしれない敵を相手にするのは大変である。
モンスターのようにこちらに襲い掛かってくる敵を倒すのは待ち構えればいいので楽だけど、逃げる相手は追いかける労力の分だけ手間がかかる。
四方八方に逃げられれば、取り逃がす事もあり得るだろう。
戦争では逃げる相手に追撃をかければ楽に敵を倒せるというけれど、動物が相手では同じ事を言えやしないのだ。
野犬の群れは山道を外れたのか、途中でカメラに映らなくなり、行き先が分からなくなった。道なき道を行かれると、定点カメラでは追えないのだ。
俺は見付からなくなった場所と時間から相手の行動を推測して、現在地を割り出してみる。
予測される範囲は広いけど、何も考えないよりはマシである。
その位置から、獲物さえいればだが、野犬は今夜もここに襲撃をしかねないと考えた。
もっとも、獲物になる家畜はすでにいないので、俺が何もしなければ野犬がここに来る事は無いと思うし、獲物がいないとなればそのうち別の所に行くだろう。
今この近辺に野犬が居るのは、野犬がまだ獲物がいるかもしれないと期待しているからだ。
ならば、囮作戦でいこう。
すでに鶏は全滅しているけど、残った羽毛や何かを使って野犬を誘い出せるかもしれない。
シンプルではあるが、何もしないよりはいいと思う。
「にしても。何か違和感があるなぁ」
ただ、先ほどから野犬の映像を見ていて、俺は何か言いようのない違和感を感じていた。
何がおかしいとはっきり言える事は無いんだけど、何かがおかしいと、俺の勘が囁いている。
「食事シーンが無いからか?」
野犬が見えた映像の中に、その食事シーンが無かった。
身体が小さい生き物の場合、食事を長時間取っていないというのは違和感がある。
小動物なら1日の大半を食事と睡眠に使うなど、頻繁に栄養補給が必要なのだ。
「違う。食事じゃなくて、水を飲んでいないんだ」
俺は野犬が食事をしない事に違和感を感じたのかと思ったが、すぐに別の考えにたどり着く。
していないのは食事ではなく、水分補給だ。野犬の群れは、水を飲んでいないはずだったのだ。
野犬の移動ルートの近くには水場が無く、水を飲んでいる気配がないのがおかしかったのである。
犬が水を飲む頻度は、状況によって変わる。
複数の野犬がいるのだから、近くに水場の一つでもなければ困るのではないだろうか?
ただ、中型犬サイズの犬の場合、1日に1リットルは水を飲むと推測されるので、水場も無い所を長々と移動しては脱水症になりかねない。
「ただの犬の群れ、では無さそうだな」
どこかおかしな犬の群れ。
それが何を意味するのか、俺は深く考えるのだった。




