山の防備強化
たまに忘れてしまう話であるが、俺は鶏を飼っている。
山に来た当初、間違ったスローライフのイメージに釣られ、卵の自給自足を目指して購入したのだ。
今はダンジョン前に引っ越しているので使っていないが、ダンジョンから山ふたつ分離れた所に家を持っていて、今は完全に放置しているけど、畑を耕す事もやっていた。
鶏糞を肥料にして、エコサイクルだのなんだの、浮かれたことを考えていたわけだ。
もちろんそんな甘い考えはすぐに頓挫して、畑などはすでに荒れ地と化していたりする。
それでも一応、鶏の面倒は見ていた。
普段の餌やりや水の用意は機械任せ。俺は中身を補充するだけである。
あとは寝床の掃除を月に一回するのと、半年に一回、獣医さんに頼んで予防接種をするぐらいだ。
基本的に、手間暇かけたりしない。
得られる卵という名の報酬と鶏の維持費用を考えると、かなりの大赤字でしかなく、普通に買い出しに行く方が安上がりという素敵な結論が見えてくる。
産み立て卵とはいえ、病気が怖くて生卵は食えないしな。
買った卵の方が安全で信頼もあるのだ。特に、俺の様な放置系主人の鶏卵だと。
なんで今更こんな話をしたかというと。
「残念だが、全滅しているのだよ。生き残りはいないようだね」
「猪が鶏を襲う事はあまり無いと思いますから、野犬か何かでしょうか」
「監視カメラの確認をしてみよう」
俺が飼っていた鶏が襲われ、全滅したからである。
今朝、卵を取りに来たら鶏小屋が荒らされていて、食われた鶏の残骸が散らばっていたのである。
鶏は卵を毎日産むが、俺は毎日回収する訳ではない。気が向いたら回収するようにしている。
もう潰して鶏肉にしてしまおうかと思う時もあったが、それでも惰性で鶏たちを生かし続け、これまでやって来た。
いずれは寿命で先に死ぬんだろうなと漠然と考えていたが、こんな別れは想定しておらず、しばし呆然としてしまった。
一緒に来ていた四宮教授と及川准教授は冷静で、防犯カメラの確認をして犯人の割り出しをしている。
以前、襲撃があるかもしれないからと、家の周りには防犯カメラが設置してあったのだ。
鶏小屋の周辺にも、カメラは設置されていた。
「小屋が壊されていないことを考えれば、この黒い影はやはり野犬の可能性が高いのだよ。これは、我々も警戒しないといけないね。一文字君はともかく、私では野犬に勝てないのだから」
「野犬対策に催涙スプレーでも持ち歩きましょう。鼻の良い動物相手なら、あれが一番です」
「そうだね。拠点近くでマーキングに使っているものがいくつかあるから、及川君もそれを使うかい?」
「いえ。やはり、こういったものは自分で購入しますよ」
犯人を野犬と断定した二人は、すぐに対策の方に話を持っていく。
普段生活しているダンジョンの入り口近くはホームセンターで購入した動物除けの、嫌な臭いを出す道具を吊るしているが、鶏小屋の近くだと鶏も嫌がるからと柵しか用意していなかった。
長い間大丈夫だったから、油断をしていたのである。
山は広く、人の手だけで全域を監視する事などできやしない。
動物が紛れ込んでいてもおかしくはないのだ。
ただ、野犬が紛れ込んでいるとなると面倒で、自分たちの安全を考えると殲滅しておきたい相手である。
猪もそうだが、野生の動物は人間にとって危険な相手だ。油断していれば、確実に大怪我を負う事になる。
人間は弱いのだ。知恵と道具がなければ、野犬一匹にだって勝てやしない。
俺だって、魔力無しでは厳しいのが現実である。
「ここで鶏を食い荒らしたという事は、味をしめた可能性も有りますよね。ここに、また来ますかね?」
「うーむ、どうだろうね? 確かに、良い狩場ではあったと思うよ。しかし、全滅させてしまったのだから、次の狩場を探しに行った可能性も高いのではないかな」
「野生動物は、相手が絶滅するかどうかなど考えませんからね。しかし、生き残りがまだいないかと、しばらくうろつくのではありませんか?」
俺は二人に、この近辺に野犬がまだ潜んでいるのではないかと言ってみる。
四宮教授は今が冬という事もあり、狩場を転々とする可能性を指摘した。
及川准教授はまだ餌になる動物がいるかもと、また現場に犯人が戻ってくるかもしれないと懸念を口にした。
どちらもあり得そうで、俺は少しだけ迷ったが、すぐに行動する事に決めた。
「三日間、俺は光織たちとこちらに泊まって野犬の警戒にあたります」
弱肉強食は世の習い。
野犬が鶏を襲ったのも、生きるための行いで、悪ではない。
ただ、それに感情論で報復を考えるのが俺という人間だ。
野犬が近くをうろついていると安心して眠れないという実情もある。
俺は警戒と称し、野犬を殲滅するため、思考を巡らせるのであった。




